その時、なぜだかふとあのことを思い出した。



野々村さんと交わした子供のような軽いキス…



野々村さんが俺のことを好きだと告白してくれた時…
俺は反射的に彼女を引き寄せ、その唇に口づけた。



そんなこと、俺にとってはなんでもないこと…
なのに、まるで初めてのキスみたいに心が震えた。
胸がいっぱいになった…



でも、野々村さんの態度は、俺とは裏腹に冷たいものだった。
今のキスのことなんてまるでなにもなかったかのように立ち上がって、仕事に取り掛かった。
あの時もしも野々村さんの態度があんなじゃなかったら…
俺はきっと歯止めが利かなくなっていただろう。
それ以上の行為に進んでたと思う。
そのくらい、俺の気持ちは燃え上っていたんだ。



なぜだろう?
それまで野々村さんに恋愛感情なんて抱いたことはなかったのに…
それとも、あれも俺の悪い癖のひとつだったのか?
あの時は亜理紗のことでむしゃくしゃしてたし、家に閉じこもりっぱなしだったから、おかしな気分になっただけなのか?



それに野々村さんも一体どういうつもりだったんだろう?
俺に好きだと言っておきながら、あの冷たい態度は…



その後だって、一度もそんなことを口にしたことはない。
あれは嘘だったんだろうか?
でも、だったら、なぜそんな嘘を吐くことがある?
おかしいじゃないか?



「野々村さん……」

「は、はい。」

「今…好きな方はいらっしゃいますか?」

多少酔っていたせいか、俺はそんなストレートな質問をしていた。



「えっ、うっ、ごほっ!」

野々村さんは、俺の質問に驚いたのか、食べてたものを喉に詰まらせ、激しく咳き込んだ。