「じゃあ、美幸のことは頼んだぞ。」

「OK!心配しないで。」



俺は、ちょっと用があるから帰りは少し遅くなるとアッシュに伝え、職場を出た。
アッシュはきっと仕事か女の所だと思ってるだろうが、俺が向かうのは近くのカラオケ店だった。
先日の大河内さん宅で、野々村さんは昔の歌謡曲を歌っていた。
年代的に、リアルタイムではなくきっと後になって覚えたはずの古い曲だ。
俺も、その時代の曲はけっこう好きだから知ってるのは知ってはいたが、歌ったことはない。
明日は、ぜひそういう時代の曲を歌ってみようと思い立ち、どの曲にするか、昨夜、遅くまでネットで調べた。
結局、俺が決めたのは、元グループサウンズのヴォーカルをしていた歌手のノリの良い曲。
この歌手は、元々イケメンな上に、奇抜な衣裳やメイクをして、当時はとても人気があったらしい。
曲がこれまた今聞いても古さを感じないのに、哀愁や雰囲気のある格好良い曲だ。
俺は、一人で店に入ると、気合いを入れて練習を始めた。







(もうこんな時間か……)



室内に響いた電話の音に、ふと壁の時計を見上げると、俺が入ってからすでに三時間が過ぎようとしていることを示していた。



「はい、わかりました。」



時間を忘れる程没頭して練習したお陰で、けっこう滑らかに歌える自信がついていた。
この調子なら、明日は歌詞を見なくとも歌えそうだ。
そのくらい、しっかりと歌いこんだ。
店を出ると、俺は急に激しい空腹を感じた。
そういえば、昼ごはんを食べて以来、何も口にしていない。
さっきまでは集中していたからそんなことにも気付かなかった。
マイケルに面倒をかけるのも悪いから。そこらでなにか食べて帰ろうかと思った時、俺は通りの向こう側に知った顔をみつけ、反射的に物影に見を潜めた。
間違いない…あれは亜理紗だ。
ホストらしき男と腕を組んで歩いていた。
俺が隠れなきゃならない謂れはないが、またなにか面倒なことが起こりそうで顔を合わせたくなかった。
俺は、通りとは反対側の道を進み、素早く車を拾って乗り込んだ。