「カズ!」

「アンリ……
どうしたんだ?
今日は仕事だったんじゃ…」

「そうなんだけど、せっかくお家に誘ってもらったし…遅くなったけどタクシー飛ばして来ちゃった!」

「タ…タクシーで!?」

「ええ…今月のお給料、全部飛んじゃったわ。
……でも…そんなこと、どうでも良いの…
カズに誘ってもらえたことが嬉しかったんだもの。」

はにかみながらじっと俺をみつめるアンリに、俺は複雑な想いを感じた。
一月分の給料にも値する遠い道程をタクシーで駆け付けるとは……
その一途さは嬉しいというよりも気が重く感じられ、そのことで俺はますますアンリに対する罪悪感のようなものを深くした。



「でも遅すぎたわね。
却ってご迷惑だったかしら?」

「いや、そんなことは……
ま、確かにそろそろお開きにってところだったんだが……とにかく、入れよ。」

「お邪魔します。」



どうしよう……
まさか、こんな時間になってアンリが来るなんて思ってもみなかった。
元々、大河内さんと野々村さんの手前、呼んだに過ぎない。
だから、来ないとわかった時も少しも落胆は感じず、あのいつもとは違う野々村さんを見た時には、アンリが来なくて良かったとさえ思った。
だけど、さっきの大河内さんと野々村さんを見た時には、一瞬だがアンリがいたら良かったのにと考えた。
……俺は身勝手だ。
自分のことしか考えていない。



「あ…みんな…
アンリだ。
仕事が終わってから駆け付けてくれたんだ。」

「アンリです。
皆さん、初めまして。」

「ほほぅ…これはまたすごいべっぴんさんじゃな。
和彦さんの彼女さんかな?」



大河内さんの余裕の微笑みが無性に俺を苛々させた。
それは自分にも決まった相手がいるからなのか……
ただの遊び相手なんかじゃない…一生を共にすると誓った野々村さんがいるからなのか?



「そうですね…
そう言っても良いかもしれません。」

そう言いながら、俺はアンリの肩を抱き寄せた。



「カズ…!」

頬を染め、嬉しそうな笑みを浮かべるアンリから俺は視線を逸らした。



頭に血が上り、俺は心にもないことを口走ってしまった。
今の俺なら、大河内さんと野々村さんの結婚が決まったら、すぐにでもアンリと結婚してしまうかもしれない。
ただ、大河内さんに負けたくないがためだけに。



……俺は異常だ。
なぜ、こんなにも俺は大河内さんに負けたくないんだ!?