「野々村さん、こっちです!」

野々村さんは、手を振る俺にすぐに気付き、はにかんだような笑みを浮かべた。



「無理言ってすみません。」

「いえ…私はいつも暇ですから…」



仕事が終わってから、俺は相談したいことがあると言って、以前何度か行ったことのある鍋料理屋に野々村さんを呼び出した。
その店は、雰囲気がよく、静かで半個室的な造りの店だから落ちついて話が出来る。
先日のこともあり、もしかしたら断られるのではないかとの心配もあったが、それは俺の杞憂だったようで、野々村さんはいやがる素振りも少しもなく快く出て来てくれた。



「あ…あの…
美幸さんの様子はいかがですか?
こちらの生活には慣れてこられましたか?」

「相変わらず朝早いのが辛いらしくて午前中はぼーっとしてますが、あいつなりに頑張ってますよ。」

「そ、そうですか…それは良かったです。」



会って早々、美幸のことを訊ねられるとは思ってみなかった。
それほど、美幸のことを案じてくれてたのかと思うと、なんだか少し心が温かくなるのを感じた。



「実は……今日の相談っていうのは、その美幸のことなんですが…」

「美幸さんの!?
どんなことですか?」



俺は野々村さんに先日考えたことを率直に話した。
野々村さんに会う口実にしたとはいえ、俺は本気で美幸に良い恋愛をしてほしいと思っているし、美幸が恋愛に目を向けてくれるようになる方法に悩んでいるのも事実なのだ。




「美幸さんに彼氏を……」

俺が話をすると、野々村さんの表情はどんどん雲っていった。
明らかに、俺の提案に反対するような顔つきをしていて、それがなぜなのか、俺には皆目わからなかった。



「野々村さん…もしかして、反対ですか?」

「え…?い、いえ…そんなことはありません。
ただ……」

「ただ……?」

「あ…あの…
美幸さんは本当に好きな方はいらっしゃらないんでしょうか?
もし、いらっしゃったら、その…ご迷惑になるんじゃないかって…」

「そのことなら心配いりません。
あいつは、実家にいた頃も誰ともつきあったことはなかったみたいですし、うちの母親はけっこうカンが良いからもしもあいつにつきあってる相手がいたら、それに気付かない筈はありません。
祖母の家に行ってからもあいつは親しくする男はいなかったようです。
一時期バイトをしていたアニメ関連のショップにも、男性は年配の店長しかいなかったようですし、第一、本人が誰ともつきあったことはないと言ってましたから。」

「……そうなんですか…」

小さな声でそう呟いた野々村さんの表情は、やけに落胆したものだった。
俺にはそのことがなんとも奇妙に感じられた。