「…俺、ハンナに惚れました。本気です。」
 西島が僕に言った。二人のタバコの煙が目の前で揺れていた。僕はタバコを深く吸って、その煙に酔いしれた。
「その言葉聞いて、安心したよ。」
 西島は黙って聞いていた。店の壁の一点を、じっと見つめていた。
「先輩は、本当にいいんですか、ハンナの事。」
「いいもなにも、俺にはそんな感情は無い。」
 僕は、はっきりと言った。僕の曖昧な感情を切り捨てる為に。
「試合しないで、勝負を降りるなんて、俺はそんなこと望んでません。」
 西島は俺を睨んだ。
「先輩、冗談で言ってるんじゃないです。もし、少しでも、ハンナの事、女として見てるなら、今ここで、はっきり言って欲しいんです。先輩の女を盗るような事、俺は絶対したくないっすから。」
「安心しろよ、西島。俺がハンナに惚れると思うか?あいつは俺にとっては子供みたいなもんだよ。それに、恋人にするには、ハンナは俺にとっては重過ぎる。俺にそんな度胸は無い。」
 西島は僕の目をじっと見つめて来た。瞬き一つせず、じっと。僕も西島を同じように見返した。しばらく二人はそのままだった。他人から見たら、まるで大喧嘩でも始まる前の光景のようだったと思う。
「…、ふう。」
 西島は一息ついて、やっと僕の目を覗き込むのを止めた。
「分かりました。先輩の目に嘘はない。しっかり確かめさせてもらいました。安心して、ハンナに向かっていけます。」
「よろしく頼むよ、西島。大事にしろよ、ハンナのこと。」
「やだなあ、先輩、まだ付き合ってもいないのに、気が早い!俺も早いけど!」
 それから、朝まで、二人で飲み明かした。