三日月が、城よりいくつもそびえる尖塔にかかる時、ミカエラとマルコシアスは、動きやすい小姓のシャツと紺ズボンという出で立ちに着替え、嘆きの塔へ忍び込んでいた。衛兵に手刀をくらわせ失神させ中へ進むと、姫のすすり泣きの聞こえる独房はすぐそこだった。
「リエナ!」
「ミカエラ様! それにマルコシアス様も!」
 ミカエラが倒れ伏す衛兵の袖口より鍵を抜き取り、独房から姫を解き放つ。
「ミカエラ様! 会いたかった!」
 すぐさま彼女はミカエラにしがみつき、ミカエラは照れ、マルコシアスはふふっと声を漏らした。が、ミカエラが話をきりだす。
「実はお前の国と俺の国の戦闘が始まっているのだ。これ以上の戦を避けるのに、お前の力が必要だ」
「私の、力?」
「そこで何をしている!」
 と、異変を感じた塔付きの衛兵がぞろぞろと集まってきた。入口を封じられたので、3人は急ぎ階段を駆け上がった。誰も小姓姿の男達を王と宰相とは思わないらしく、サーベルを抜いて必死に追いすがってくる。
「さあ! 早く奴らをつかまえよ! あっ」
 その時だった。衛兵の1人が急ぎ走り込んできた拍子に松明の柄にぶつかり、塔入り口脇に積まれた薪に炎が燃え移った。解き放たれた炎はたちまち渦を描き、塔を今にも覆い尽くさんとする。
「ひ……逃げろー!」
 衛兵達が次々逃げ出すのに、3人も紛れようとしたが火の勢いが強すぎ、最上階の部屋まで逃げたところで取り残されてしまった。ここは屋上近い。飛び下りれば大怪我より死ぬ方が可能性が高い。
「ち……ここでしまいか……」
「まだです!」
 ミカエラの諦めたような口ぶりに、リエナがいきり立ち、自分の両手を合わせ息を吹きかけた。するとビューン!と蔦が伸び、まだ火の届いていない塔へ緑の橋をかけた。
「お2人ともお早く! 長くは持ちません」
「姫!」
 まずマルコシアスが蔦を踏み、脱出に成功した。
「さ、あなたも」
「ああ。ってお前!」
 リエナの弱々しい笑みに、ミカエラは勘づくものがあったのか激しくその肩を揺さぶった。
「お前、ここで死ぬ気だな!?」
 リエナは静かに目を伏せ顎を引く。
「……エリオプバーグに伝わる呪いは世代ごとに弱くなっています。私が出来るのはこうして植物を手の平から伸ばすくらい。だから愛する貴方の為、こんな事しか出来ないんです」
 それから彼女は顔をもたげ、
「さあ!行って下さいミカエラ様! 火が迫っています! お早く!」
 ミカエラは歯を食いしばった。炎はもう隣の部屋まで迫っている。逃げなくてはならない。
「分かった、ありがとう姫よ」
「……はい。どうか、幸せに」
 潤んだ瞳で笑うリエナの、細い腕を彼は取った。
「お前と幸せになるんだ! さあ、俺を信じろ!」
「きゃっきゃああああ」
 ミカエラは次の瞬間、リエナを抱きかかえ塔から飛び降りた。自分を下敷きにすれば、姫は助かるだろうという計算のもとだった。
 ぽんっ! 生を諦めたミカエラが再び目を開いた時、地はまだ遠く、足元はふわふわした花に覆われていた。
「こっこれはっ花の雲か!?」
「呪いが、私の呪いが進化したんですわ! 愛しい人を守る為に……」
 リエナは涙ぐみながら、ミカエラの腕を取った。2人は抱擁し合い、キスを交わした。
その後、この出来事がマリアの耳に入り、またミカエラとマルコシアスの進言により戦争は一端停戦となった。姫君は一度帰国し、自国の王と王太子に闘いの無益さを説いた。
 そして講和の式典の後、再びミカエラとリエナの結婚式が執り行われる事になった。客のたくさん詰め込まれた教会のドアの前に、2人は手を取り合って片手にはそれぞれ花束を持っている。
「やっと花束を交換出来ますね。ミカエラ様」
「ああ」
 ミカエラは優しげな顔で妻を見やる。
「これからはいつでも、花に囲まれた幸せな暮らしだ」
 ばたんっとドアが開いた。壮麗な教会の中には、色とりどりの花が咲き乱れ、参列者は皆衣装にそれぞれ花をあしらっていた。
「さあリエナ、行こうか」
「行きましょう、ミカエラ様」
美しい2人の登場に、皆々惜しみない拍手を送り、この2人の末長い幸福を祈った。