連れて行かれたエールハウスはエレオノ―ラの想像をはるかに超えた所だった。店内に一歩入るとカウンターには酒が積まれ、テーブルは全て隅に追いやられ皆がダンスに興じている。その雑踏の中で男が切りだした。
「で、あんた名前は?」
「レディに先に言わせるもんじゃない。貴様が言うのだ」
 居丈高なエレオノ―ラに男はにやついて答える。
「俺はアウレリオ。これでも盗賊の頭をやってる。ご覧の通り、いい男だろう?」
 ふんと、エレオノ―ラは口を尖らせた。確かに、アウレリオはいい男だ。暁闇の空を見ているような、紫紺の髪が首元までかかっている。薄灯りの下では、海のように深いその瞳は、こちらを飲みこんでしまいそうに見える。鼻筋はすっきりと通っており、口元は薔薇のようでどこかあでやかだ。身なりは質素だが、真っ白なシャツも黒のズボンも洗いざらした感じはない。
 エレオノ―ラは言う。
「私の名はエレオノ―ラだ。で、どうしたらそれを返してくれるんだ」
 アウレリオはにっと歯を見せる。
「そうだな……。この俺を、惚れさせたらな」
 阿呆らしい……。エレオノ―ラは呆れて吐き捨てた。
「お前、冗談のつもりだろう」
「冗談?俺は本気だぜ」
 アウレリオはそう言うなり立ちあがって、
「今まで何百と女と付き合ってきたが、どれも本気にはなれなかった。だから俺は本気になれる女を探してるんだ」
「……馬鹿か貴様は」
 呆れ返るエレオノ―ラの手を取った。そして激しくダンスに交わる。
「ちょっと待て何だこのテンポはあああああ」
「でたらめさお嬢ちゃん」
「うわああああうぐおおおおおおおお」
 ダンスが終わり、散々振りまわされたエレオノ―ラは吐き気を催した。一方のアウレリオはけろっとしている。
「さてじゃあお次の場所に向かいますか」
「次い?」
 エレオノ―ラは帰って愚痴やもろもろゆっくり吐き出したかったが、ブレスレットはなくせない。仕方なく酔った顔つきでついていった。

アウレリオに連れられた先は街の外れの、いかにも古そうなお屋敷だった。オレンジの屋根に白い煉瓦造りであるのが夜目にも分かる。門の前で立ち往生していると、アウレリオが「来い来い」と手を招いた。鉄細工の門をくぐり中に入る。屋敷の中では暖炉がくすぶっており燭台があちこちに灯っていた。その艶めかしい大理石の床を歩んでいくと、やがて広間のような場所に出た。
「ここが盗賊達の秘密の場所さ」
 そこでは長テーブルに宝石が山のように積まれ、それが大燭台の下で金銀鮮やかに光っていた。座っているのは黒装束の男達で、その1人がアウレリオに声をかける。
「どうしたアウレリオ。ここはデートスポットではないぞ」
「いや、世間知らずのお嬢ちゃんに物を教えてやろうと思ってな」
「ほお」
 アウレリオはにやと笑った。
「さっそくこれを見て欲しい。この見事なブレスレット、本物か」
 男はアウレリオから手渡されたブレスレットを、大燭台の下でじっと見る。
「……こりゃあ、本物だな」
「やっぱりそうか」
「ああ。見ろ。これは金の台にカメオがはめこまれている。こういうデザイン自体は金のある奴なら誰もが造れるが、この金地には目の粗いつや消しがなされている。さらにロイヤルブルーのエナメル装飾もきめ細かくそんじょそこらで出来る技術じゃない」
「こんな薄闇で分かるのか」
 エレオノ―ラが訝しげに小声で尋ねると、
「こいつらは盗賊上がりの売人だ。慣れと経験から、夜目が利く。下手にシャンデリアを灯すと衛兵に見つかっちまうんでな」
 アウレリオがそう返した。
「それに」
 男はなおも続ける。
「カメオの表面にはマール王国の建国者ヨーゼフ・ツェペリ公の尊顔が、裏には王家の紋章である白馬が描かれている。周りを囲んだピジョンブラッドもおそらく本物だ。これはまず王家さんの持ち物だろうよ」
(しまった……そこまで見抜かれるとは……)
 エレオノ―ラがそっと顔を背ける。アウレリオはすばやく男の顔を覗き込む。
「これが盗難された騒ぎは?」
「ない。一度もな」
 男の低い声音は、そこでぴたりと静まった。
「ふうん、って事はお嬢ちゃん。あんたは本物の王女様って訳かい?」
「……」
 エレオノ―ラは黙っている。アウレリオはそれへ目を細めた。
「黙っているつもりか?それならこっちにも考えがある」
 そうしてアウレリオは、嫌がるエレオノ―ラを無理無理連れ出した。連れ出した先は川の上に建てられた夜空を仰ぐ酒場であった。
「おお団長!」
「団長誰だいその別嬪さんは!」
 そこで飲んでいたいかつい男達が一斉に騒ぎだす。
「ひっ」
 エレオノ―ラは思わずのけぞったが、アウレリオがその腕を取り笑いかけると不思議に落ち着いた。
 ダンスでくるくる回った後、アウレリオは勝手にテーブルを並べ飲み比べを始めてしまった。
「ふふん、これは古来より不老不死の酒と言われるネクター。こいつを俺より飲んだ奴にこのブレスレットを手渡そう」
「おお。なんと見事なブレスレット!」
 酔った男達は血湧き肉踊る。
こうして煌びやかな夜空の星の下飲み比べが始まった。10人くらいは平気で潰してやったが、11人目になるとさすがのアウレリオにも酔いの兆候が見え始めた。
「ま、まずい!」
 気づけばエレオノ―ラは彼を応援していた。
「アウレリオ負けるなぁ!負けたらブレスレットが貴様から別の男に!また面倒くさくなるう!」
「おう、そうだったな」
 アウレリオはこれに息を吹き返したようにまた飲みだす。結局アウレリオに勝てた者は1人もいなかった。ふらつきながらもにやとこちらへ微笑むアウレリオに、エレオノ―ラはどうしてか胸の奥が高鳴った。