トムおじいさんは、黄色い屋根の家の小さな窓から、東の方に見える丘を見るのが夕暮れ時の楽しみだった。町中の人たち(中には違う人もいただろうけれど、トムおじいさんの知る限りはみんなそうだった)は海に沈んでいく太陽を眺めて、その日に自分が失ったもののことを思い返したりしていた。「夕暮れの太陽なんてみるものじゃない。気が沈んで、ちっぽけな自分に気付くだけなんだから。」トムおじいさんは一匹の黒猫がそう言っているのを聞いてから、夕陽を見るのをやめたのだ。代わりにおじいさんは夕陽が当たり金色に染まる丘を眺めることにした。それは夕陽を眺めるよりはずっと寂しくない趣味であった。なにせ丘は太陽と違って手の届く距離にあるし、丘の上に立てばトムおじいさんは丘よりも幾分はましな存在であると思えるからである。
そんなわけでおじいさんは、二十数年に渡って丘を眺め続けていた。もっとも最初に黒猫の話を聞いたときはおじいさんではなかったのだけど。丘は一日として同じ色に染まること無く、それは一日として同じようには生きられない人間の生を映すようでもあった。
ある晩、おじいさんはふと思った。「丘の上から見る丘はどのようなのか」と。そしてベッドから離れ、闇のなか丘があるだろう方をぼんやりと眺めた。どのくらい時がたったのか、夜空の星が丘に降り注いだとき、おじいさんは丘へ行くことをきめた。