「…本当は、あの日君に渡そうと思ってた」
「…え?」

どういう意味だろうと考えたところで一つの可能性に気付く。
あの日。それはつまり___

思い出して一瞬体を強ばらせた志保の頬を優しく撫でると、そのまま隼人の手が下へと滑り降りて行く。そうして下腹部でぴたりと止まったそれに、志保はハッと瞠目して顔を上げた。
正面からぶつかった隼人の瞳は、悲しげに揺れている。

「…全てを君一人に背負わせてしまって本当にすまない。あの日、志保がどんな想いを抱えて別れを告げたのか、あの時の俺には欠片ほどもわかってはいなかった」

背中に腕を回すと、隼人は羽が触れるように優しく、目の前の腹部にそっと顔を埋めた。突然の行為に、志保は金縛りにあったように動けないでいる。

「どれだけ辛かったか。悲しかったか。俺には志保の味わった苦しみの十分の一すら理解できないだろう。…たった一人で悲しませてごめん。一番必要なときに何もできなくてごめん。傍にいられなくて…ごめん」
「…っ」

腹部から震えが伝わってくる。腕が巻き付いた背中からも。
悔恨の念は志保に対してだけじゃない。
永遠に、心の中で生き続ける我が子に対しても。

ゆっくりと顔を上げた隼人のまなじりは真っ赤に染まっていた。涙こそ流れていないが、心の中では大声で泣き叫んでいるだろうことは明白だった。