それはまるで幽霊でも見ているかのような顔だった。
直前まで大笑いしていた張本人こそが、目の前に立つ男を見て顔面蒼白になっている。立ち上がった体勢のまま固まる里香子の姿に、あぁ、とてつもない違和感の正体はこれだったのかと納得した。
___この前まであった腹部の膨らみが、跡形もなく消えている。
胸元の開いた服はこれでもかとボディラインを強調し、足元には7センチは優に超えるであろうピンヒール。2メートルほどの距離にいても鼻をつくほどに漂ってくる香水。
今の会話を聞かなくとも、誰がどう見ても妊婦の出で立ちからはほど遠かった。
ふと下げた視線の先で一枚の紙を捉える。
既視感のあるそれは…幾度となく見せられたエコー写真。その横で申し訳なさそうに顔を伏せる女性のお腹は、いつ生まれてもおかしくないほどに大きかった。
その瞬間、全てのピースがぴたりと嵌まった気がした。
……嘘だった。
全ては里香子の…狂言だった。
ガラガラと足元から何かが崩れ落ちていく。
自分を繋ぎとめていた何かが、音を立てて。
落ちた欠片は跡形もないほど木っ端微塵に砕け散り、決して元には戻らない。
「隼人っ、待ってっ!!!」
とてつもない沈黙の後、何も言わずに背を向けた隼人に、弾かれたように里香子が追いかけてくる。それでも止まろうとはしない男の体にしがみつくと、その行く手を阻んだ。
「待って! 違うの! 誤解なのっ!!!」
他の客への迷惑など一切省みず、大声を張り上げて。

