「ありがとうございました」

深々と頭を下げる店員を背に、隼人は手にしたばかりの紙袋を見て口元を綻ばせる。

「さすがに今から…は、なしだよな」

腕時計は既に20時半を示している。今すぐにでも飛んでいきたいのが本音だが、急いて事を仕損じては本末転倒だ。帰国したばかりで時差ボケをはじめ心身共に疲れているはずが、自分でも驚くほどに足取りは軽かった。
それほどに、この日が来るのを今か今かと待ちわびていた。
こんなに何かを渇望したのは、後にも先にもこれが初めてのこと。

彼女と出会ってからというもの、『初めて』を幾度経験したことだろうか。



志保と初めて結ばれて自分の気持ちを認めることができたあの日、隼人の中でそれまでとは全く違った未来図が浮かび上がった。

それは本当の意味で志保と家族になるという、明確な未来。
それまで彼を支え続けた、もっと言えば彼が生きる意味だった復讐などという概念は一切消え去り、ただ彼女と共に生きる未来を手に入れたい、その気持ちだけで満たされた。

そう自覚してからの行動は早かった。
長くせずして海外への長期出張が決まっていたこともあり、その翌日には宝飾店へと出向いていた。

婚約指輪を買うために。

志保が眠っている間それとなく指のサイズを調べてあり、店員に相談しながら彼女に似合いそうなデザインをイメージし、世界に一つの、彼女のためだけの指輪をオーダーメイドした。