run and hide



「俺、彼女にはふられたばかりなんです。でもそれはいいんだ。でなくて、友達と、ちょっとね」

 ビールを飲み干したらしい音。お代わりはとはマスターからは聞かない。正輝はボーっとしているようだった。

「そのお友達は女性ですか?」

 マスターが正輝に聞いた。珍しい。バーテンダーが自分から突っ込んだ話を聞くなんて。

 私がここにいるからで、マスターはちょっと面白がってるに違いない。

 ちょっと!と牽制を込めて、私はマスターの黒いズボンを引っ張った。

「そうです。・・・ここで、いつも一緒に飲む女の人、判りますか?」

 正輝の返答。

 またマスターがチラリと私を見下ろした。私はぶんぶんと首を大きく横に振る。

「その方なら―――――――痛っ」

 声に楽しそうな調子を聞き取って、私はマスターの足を鞄ではたいた。

「いた?」

 正輝の声に、マスターは、いえ、何でもないです、と声を小さくした。

「えーっと・・・その方なら、先日お二人で一緒だったときから見てませんね」

 なんとか誤魔化した模様だ。

「・・・・女って、難しい・・・」

 正輝は挙動不審のマスターに何も思わなかったらしく、そう呟いて、立ち上がった。

「ご馳走様です。すみません、一杯で」

「いえ、またどうぞ。お待ちしております」

 ありがとうございました、とマスターの声が聞こえて、見送ったらしく戻ってきた。