「私の名前は、David・Bruford(デイビット・ブラフォード)。イギリス大使館で外交雑務をしております」

「へ? 大使館?」

「まぁ、外交官として日本に来ていると思って下さい。それより、貴方は?」

 デイビットは扇が気に入ったのか、ひらひらと肩から流すように揺らしている。まるで、風をきるような。

 着こんだベストは暑そうなのに、汗一つ掻かず、にこやかで、それがかえって裏がありそうで、何だか優しい顔も不気味に思ってしまう。

「美麗です。鹿取 美麗。美しいに綺麗の麗です」

 似あわない名前だが、わざわざ地面に書いて教えておいた。外国人なら、その画数や形に衝撃を受けるような、形をしているのを知っていたからだ。

「ふうん。美しい名前ですね。ですが」

 パチンと扇が閉まる。デイビットは重い扇をやすやすと片手で閉まると、気に入ったのかまた、パチンと鳴らして開く。

「泣いている貴方を泣きやませなければ、英国紳士の名も廃る」

 クスクスと難しい日本語を使ったデイビットは、縁側から靴も履かず、桜の木の下の美麗の前まで降りてきた。

「知らない人と婚約するのが貴方の使命ですか?」