「ホッとした?残念だった?フィリオリール」

 リコがお茶のおかわりを入れに席を外したタイミングで、お師匠様が俺に問いかけた。俺は師匠の言葉にぎくりと身体を強ばらせる。

「リコが『うっかり持って来ても影響ない者』として召喚されたのは、彼女が誰からも愛されていないからではなく、彼女を愛している兄がすでに同じ世界にいなかったから。彼女はひとりぼっちではなかったことに、安堵したのか、落胆したのかと聞いた」

 師の言葉に、リヒトが彼を睨んだ。妹の前ではマイペースにボケっとした顔しか見せてなかったくせに。

「数年前に俺達の両親が事故で亡くなって、俺達は二人きりだった。俺の留学が決まったとき、俺は行くのを止めようとしたけど、莉子はチャンスだから行って来いと言って送り出した」

『なに言ってんの、憧れの一人暮らしだよ!行って来い、ニューヨーク!ディズニーランド!FBI!サム!』
『お前のアメリカのイメージが局地的すぎて兄は不安だ』

 そんな会話をしたのだと、リヒトは呟く。

「なんで俺が失踪した1年半、音信不通のままでいたか?あいつは多分、俺が外国であいつのお守りから解放されたと思ったんだ。だから連絡がなくても仕方ない、莉子から連絡をして俺が迷惑に思うんじゃないかと連絡出来なかったんだろ。あいつは誰とでも喋るが、仲の良い友人の名前なんてひとつも出て来ない。両親が死んでから、人と深く関わらなかったんだから」

 リヒトは師匠と目を合わせて、ゆっくりと呟く。


「莉子はひとりぼっちだった」


 その言葉の後ろには『お前が俺を召喚したせいで』と続くんだろう。リヒトは鋭い瞳で睨み続けるけれど、お師匠様は微笑みながらそれを受け止めるだけだった。
 素晴らしい魔法だと思っていた召喚魔法の残酷さに、俺は言葉も出なくて。
 それでも笑って妙なことばかり言うあの馬鹿女を、どうしようもなく怒鳴りつけたいような、抱き締めたいような、いやこれは気の迷いだと思うけど。