おかしいな。聞こえなかったのかな?
あ、もしかして人違いだった!?
いや、でも…
あの黒い革のサブバッグに付いている、薄汚れて変な顔したウサギのマスコットは、間違いなくおととしの彼女の誕生日に私があげたものだ。
「なーなーこ!」
さっきよりも大きめの声で呼んでみる…けど、やっぱり奈々子が振り返ることはなかった。
自分の言葉に誰も反応を示さないものだから、周りのみんなが不思議そうにこっちを見てる。
ちょっと……変な誤解招いてんじゃないの。
完全に変人だと思われてしまう前にと、私は駆け出した。
「ちょっと、奈々子!聞こえて……えっ」
後ろから細い肩をポンとたたき、友人の顔を覗き込んだときだった。
「なな…こ…?」
驚いて思わずその場に立ち止まる。
奈々子の大きい二重の目が……かなり腫れていたのだ。
「ど…どうしたの、その目…。泣いたの…?」
虐待…ではないよね。
奈々子とは幼稚園からの友達で、何度か家にも遊びに行ったことがあるから、彼女の両親とは友達かってくらい仲がいい。
あの優しくてあっけらかんとした夫婦が…虐待なんてするはずない。
むしろひとり娘である奈々子をかなり溺愛しているくらいだ。

