衣麻と僕と俺と私




「衣麻、またね」


“バイバイ”は言わない。


ううん、言えない。


翔馬がいなくなった時から


気楽に言える言葉じゃなくなった。


「うん、またね、翔馬」


いつものように手を振って家に入る。


ドアを後ろ手に閉めて、座り込んだ。


翔馬やみんなには言ってないことがある。


それは、引っ越し先がどこかということ。


聞かれなかったことに安心してる自分と


残念がってる自分がいる。


でも、これで良かったんだ。


だって、引っ越し先は本当に遠いところだから。


「衣麻ねぇ、そろそろ・・・」


居間のドアから瑛太が顔を見せて言った。


「うん」


返事をして、階段を上がる。


17年間過ごして来たこの家とはもうお別れ。


部屋に入って、もう1度だけじっくり窓からの景色を脳にやきつけ


思いついてデジカメに収めた。