俺と義姉さんがそんなやり取りをしている傍らで、兄さんは七月に産まれた愛息子、煌(こう)を抱えあげ執拗なまでに「ただいま」を繰り返していた。
 世間一般では「溺愛している」と言うのだろうが、俺から見たら「迷惑」にしか思えない。
 もし自分に子どもができたなら、俺も兄さんのようになるのだろうか……。
 少し考えて「あり得ない」という答えがはじき出される。
 うちの父さんが「ただいまただいま! お父さんでちゅよー」と言ってる様は想像できないし、想像するだけでも白い目で見られそうだ。
 そしておそらく、自分も父さん側の人間。
「ちょっと、司も少しくらい煌に絡みなさいよっ!」
 絡めと言われても……。
 何度か会ったことのある甥を目の前に戸惑う。
 ガラス玉のようにキラキラと光る目に捕まっていると、
「俺、着替えてくるから煌のこと頼む」
「なっ、義姉さんがいるだろっ!?」
「私これから夕飯準備。司も食べるんでしょ? ラッキーだったわね、今日はカレーよ」
 ふたりは俺に煌を押し付けてリビングをあとにした。
 煌が生まれてから数回抱っこさせられたが、未だに慣れない。
 ぷにぷにとした触感や軟体動物のようなそれとか、重量はそうでもないのに頭だけ異様に重くてバランスが悪いのとか。なんか未知の生物。
 落とすことはないだろう。
 そうは思いつつも不安を覚えた俺は床に腰を下ろし、煌をラグの上にそっと寝かせる。
 そこへカレーを運んできた義姉さんが、
「まだ慣れないの?」
「まだって……煌が生まれてから三ヶ月しか経ってないんだけど……」
「翠葉ちゃんはもう普通に抱っこできるようになったわよ?」
 は? 翠がなんだって……?
「なんで、って顔。あんたねぇ、うちと翠葉ちゃんちとお隣なの忘れたんじゃないでしょうね?」
「忘れてないけど……そんな頻繁に来るの?」
「そっ! 翠葉ちゃん、煌にメロメロだもの~。煌も翠葉ちゃんのこと大好きみたいだし。大好きと言えば……崎本さんとこの拓斗くんも翠葉ちゃんのこと大好きよね? 司、あちこちにライバルがいて大変ね?」
 義姉さんはカラカラと笑いながらキッチンへ戻っていった。