翠が玄関に入ったのを確認して階段へ足を向けると、通路を歩いてきた兄さんと出くわした。
「今帰り? でもなんで九階……って翠葉ちゃん送ってきたのか」
「そう。兄さんは仕事帰り?」
「そっ。もう少し早ければ翠葉ちゃんにも会えたのに残念」
 兄さんは何気なく言った一言だろうけれど、俺からしてみたら、あんな場を見られなくて良かったと心の底から思う。
「この時期っていったら……紫苑祭中?」
「そう。明日で終わり」
「夕飯は?」
「コンシェルジュにオーダーするつもり」
「良かったらうち寄ってけば?」
 兄さんの家イコール義姉さん。義姉さんイコール料理が苦手。
 最近は母さんに料理を習っているようだけど、腕が上がったという話は聞いていない。
 さらには急に人数が増えたことに対処できるのかも疑問が残る。
「司、そんな身構えなくても大丈夫だよ。今日はカレーだから」
「それなら……」
「……おまえ、大概ひどいよな?」
「堅実なだけだと思う」

 玄関のドアをを開けると、
「おかえりーっ!」
 無駄に大きな声がリビングから聞こえてきた。
 人が玄関まで来て出迎えるうちや翠の家とは大違い。
 でも、これがこの家では普通なのか、兄さんは同じように大きな声で「ただいまー」と返す。
 洗面所で手洗いうがいしてからリビングへ行くと、
「えっ? なんで司も一緒?」
「そこの通路で一緒になったんだ。今体育祭中で翠葉ちゃんと登下校するためにこっちへ帰ってきてるみたい」
「ふ~ん、相変わらず仲のよろしいことで」
 ニヤニヤとした気色悪い締まりのない表情は、いつ見ても唯さんを彷彿とさせて思わず頭をはたきたくなる。