頭痛を覚えそうになったそのとき、
「こういうのを価値観の差、っていうんだろうね。……価値観に差がある場合、相手が話している内容を理解できたとしても気持ちまでは理解することはできないから――だから、どれだけ詳しく話しても、どれだけたとえ話を並べても、平行線な会話にしかならないと思う」
「価値観の差」という言葉にも衝撃を受けたけど、それ以上に「平行線な会話にしかならないと思う」という断定口調の言葉に痛みを覚えた。
 一気にバサリと切り捨てられたような、そんな衝撃。
「分かり合うことは無理」と諦められたような、そんな感覚。
 確かに、翠の言うことを理解できないと思ったし、何を言っているんだとも思った。でも、わかりたいと思う気持ちはあるし、歩み寄る意思はあるわけで、それらをすべて薙ぎ払われたような、拒絶されたような気がした。

 隣を歩く翠の歩調に変化があって、マンションのエントランスを歩いていることに気づく。
 今翠が何を考えたのかは想像に易い。
 おそらく、気まずい雰囲気のままエレベーターという個室にふたりきりになることを躊躇しているのだろう。
 でも、こんな状態で別れることだけは受け入れられない。
 結果、俺は翠の手を掴んでエレベーターに乗り込んだ。
 条件反射で九階のボタンを押してしまったが、エレベーターが九階に着くのなんてあっという間だ。その間に問題を解決できるとは思えない。
 でも、時間が時間だから十階でゆっくり話すというわけにもいかない。
 試行錯誤しているうちにエレベーターは九階に着いてしまうし、開いたドアは一定時間を過ぎて閉まってしまった。
「ツカサ……?」
 なんにせよ、このままエレベーターに乗っているのは良策じゃない。
「……価値観の差は理解したつもり。でも、理解したところで受験は終わっているし、今からフォローになりえるものってないの?」
 また、突き放すような言葉が返されるだろうか。