「……泣かれる理由がわからないんだけど」
「……だって、私、何も知らなかった」
 俺に話した記憶がないのだからその認識で間違いないけど……それが何?
「言う必要あった?」
 俺の言葉を聞いた瞬間、翠の表情が苦々しく歪んだ。そして、次々と涙が溢れてくる。
「……俺、泣かれるほどひどいことした覚えないんだけど」
 それとも、俺は泣かれるほどひどいことをしたのだろうか。
 一瞬にして脳内を疑問符に占拠された。
 そんな俺の隣で翠は壊れたみたいに涙をポロポロと零し続ける。
 せめて、どうして泣いているのかだけ教えてもらえないだろうか。
 そんな思いをこめて名前を呼ぶと、
「ごめん、どうして泣いているのか自分でもよくわからなくて――」
 ……わからなくても涙って出てくるものなのか?
 翠はつないでいた手を引き寄せ涙を拭った。けれども、拭っても拭っても涙は止まらない。
 その状況に焦ったのか、さらに涙を拭うペースが上がる。
 その様を見かねて自分のハンカチを握らせた。
「涙拭いたら深呼吸」
「無理」
「無理じゃない。ほら」
 翠は不規則な深呼吸を繰り返す。
 未だ涙は止まらない。
 ……このままでは帰せない。なら、どうするか――。
「涙の理由がわからないなら自己分析に努めて。それから、ゆっくりでいいから歩くの再開。思考は歩いているほうがまとまりやすい。それでも無理なら紙に書き出せばいい。……悪いけど、このまま帰すつもりはないから」
 一方的に告げると、俺は一歩下がり翠の背後に移動した。
 移動したら、小刻みに震える翠の後姿しか見えなくなった――。