「翠?」
 ツカサに顔を覗き込まれた瞬間に涙が零れた。
 ツカサは軽く口を開けてびっくりした表情になったけれど、すぐに表情を改め、
「泣かれる理由がわからないんだけど」
 泣いている理由……? 泣いている理由は――。
「だって、私、何も知らなかった」
「……言う必要あった?」
 言う必要……?
 言う必要があるから言うの? 言う必要がなかったら聞けないの?
 あれ……? どうしたんだろう……。
 何が普通で何がおかしいのか、頭の中が混乱しすぎてよくわからない。
 よくわからないのに涙が出てくる。
「……俺、泣かれるほどひどいことした覚えないんだけど」
 ひどいこと――。
 ひどいこと、ではないのかもしれない。
 受験するはツカサであって、そのスケジュールを私に話す必要も道理もないのだから。
 なら、どうして私はこんなにショックなの……?
「翠……?」
「ごめん、どうして泣いているのか自分でもよくわからなくて――」
 つないでいた手を解いて涙を拭ったけれど、そんなことくらいじゃ涙は止まってくれない。
 かばんから手ぬぐいを出すとかそういうことも考えられなくなっていたら、ツカサのハンカチを手に握らされた。
「涙拭いたら深呼吸」
「無理」
「無理じゃない。ほら」
 テンポのおかしな深呼吸を何度かすると、
「涙の理由がわからないなら自己分析に努めて。それから、ゆっくりでいいから歩くの再開。思考は歩いているほうがまとまりやすい。それでも無理なら紙に書き出せばいい。……悪いけど、このまま帰すつもりはないから」
 そう言うと、ツカサは一歩下がって私の後ろを歩き始めた。