踊り始める間際に佐野くんと交わした言葉は「笑顔」。
 練習することでダンスが上達しても、「笑顔」だけは意識しないとできなかったから。
 曲が始まれば身体が勝手に動き出す。そのくらい踊りこんだ自覚はあっても、こんな感覚はそう味わえるものではない。少なくとも私には……。
 新鮮な思いでステップを踏めば、そのたびに景色は流れていく。その景色の中にいる人たちに笑顔で挑むような、そんな気持ちでダンスを踊った。
 三分のワルツはひどく息が上がる前に終わりを告げる。
 ノーミスで踊りきったことに達成感を覚えつつ、
「佐野くん、私、クールダウンしてくる」
 断りを入れると、佐野くんは慌てて私の隣に並んだ。
「俺も付き合う」
「……佐野くん?」
 俯きがちな佐野くんの顔を覗き込むと、
「……ノーミスで踊れたしよく動けたと思う。でも、結果は一緒に聞こうよ」
 いつもより小さな声で、口の中でもごもごと話すような喋り方。
 どうやら、多数決を前に緊張しているらしい。
「な、なんだよっ」
「ううん……。試合慣れしている佐野くんでも緊張、するのね?」
「するだろっ!」
「そっか……そうだよね。……じゃ、付き合ってもらおうかな」
 私たちが体育館内を歩き始めたと同時、
「多数決とるから学年ごとに集まって。一年のカウントは飛翔、海斗は二年をお願い」
 私と佐野くんは歩きながら緊張の眼差しで集合する人たちを見ていた。
 風間先輩がホワイトボードに書き記した「81」という数は、集まった人の数なのだろう。