紫苑祭の練習を終えて帰宅すると、リビングから父さんの声が聞こえてきた。
「一、二、三、二、二、三、三、二――大丈夫ですよ。気にせず最初から。一、二、三、二、二、三、三、二、三――」
 リビングの前を通ると、「おかえりなさい」と母さんに声をかけられた。
 挨拶をして洗面所へ向かい手洗いうがいを済ませてリビングへ顔を出すと、翠と父さんがワルツを踊っていたわけだけど、テーブルの上には見慣れたものが積まれている。
「なんでスケッチブックが出てるのか知りたいんだけど……」
「え? 翠葉ちゃんに見せたからよ?」
 俺たちの会話に動作を止めた翠が、
「ツカサ、動物がとっても好きなのね? 絵もとっても上手でびっくりしちゃった」
 こういうことが起こらないと思っていたわけではないものの、素の自分をつつかれた気分だった。
 照れ隠しに部屋の隅へとスケッチブックを移動させると、母さんがキッチンから夕飯を持って出てくる。
 プレートにはいつもと変わることのないハート型のハンバーグが乗っていた。
 よりによってなんで今日がハンバーグなんだ……。
 翠にハート型のハンバーグを知られたことを恥ずかしく思っていると、
「今日はね、翠葉ちゃんと一緒に作ったの。司のハンバーグは翠葉ちゃんが形成したのよ」
 うっかり赤面してしまった顔をどうすることもできず席に着くと、翠は父さんに促されて練習を再開した。
 何気なく翠に目をやると、翠は赤らめた顔を俯かせてステップを踏んでいた。そのせいなのか、腰が引けていてお世辞にもきれいとは言えない姿勢だ。