団長を引き受けてからというものの、やることが多すぎて翠と昼休みに会うこともできなくなっていた。しかし、翠の予習復習に付き合うべく夜はゲストルームを訪れており、さほど問題は感じていなかった。
 翠の昼休みは、いつものようにクラスで簾条たちと食べているのだろうと思っていたし、まさか風間や飛翔と一緒に食べているとは知りもしなかった。つまり俺は、翠が副団長に任命されたことなど微塵も知らなかったのだ。

 桜林館での練習を終え、外周廊下に出たところで翠と鉢合わせた。しかし、翠は下を向いて歩いており、俺の存在には気づいていない。
 そんな歩き方をしていたらいずれ人とぶつかる。現に、俺に向かって真っ直ぐ歩いてくるわけだから。
「翠」
 声をかけると、翠ははっとしたように顔を上げた。その表情に俺が戸惑う。
 今にも泣きそうな顔をしている。さらには何も言わずに通り過ぎようとした。
 歩調を強めた翠の腕を掴み、
「なんでそんな顔――」
「今は何も訊かれたくないっ。何も話したくないっ。それからっ、今日は勉強見てもらわなくて大丈夫だから来ないでっ」
 精一杯の拒絶とともに手を振り切られ、翠は小走りで去っていった。
 その後姿を呆然と追っていると、
「今の翠葉ちゃんだろ? 何かあったの?」
 優太も翠の後姿を目で追っては俺に視線を向ける。
「いや……」
 でも、何もなければあんな顔はしないだろうし、あんな態度を取られることもなかっただろう。