もとはいえば、私が嫌だと言ったことが発端となって現況があるわけだから、何を言えるわけでもない。けれど――。
 ツカサがドアノブに手を掛けた後姿に手を伸ばす。
 手を伸ばしたところでシャツを引っ張ることしかできなかった。
 自分から抱きつけたら良かったのに。そしたら、言葉も何も必要なかった気がする。
 しかし現況は、ツカサに「何?」と訊かれている状況……。
「……ぎゅってして?」
 ツカサのシャツをつまんだままの自分の手を見て口にすると、振り返ったツカサにふわり、と抱きしめられた。
「何、急に……」
 ちょっと含み笑いの混じる声だった。
 なんて答えようか困りに困って、私はお母さんの言葉を借りることにした。
「……スキンシップ」
「……へぇ、スキンシップなら、翠の身体のどこに触れてもいい気がするんだけど」
 ツカサの手が静かに背をなぞりだし、両肩がきゅっと上がった。すると、
「……嘘。ゲストルームでは何もしない。翠がしてほしいなら別だけど」
 身体を離すと、真顔で見つめられて困窮する。
 本当は帰り際のキスをしてほしい。でも、ツカサほど関係性を進めることに前向きではない自分がキスだけを望むのはひどくわがままな気がして、どうしても口にできなかった。
「翠の望みは?」
「……ぎゅってしてほしかっただけっ」
「了解」
 もう一度抱きしめてくれたツカサは、ぼそりと呟いた。「ずるいよな」と。
 その言葉に顔を上げると、
「このツケはいつか全部払ってもらうつもりでいるから」
 そう言ってからツカサの腕は解かれ、
「おやすみ」
 ポン、と頭に手が乗り、ツカサは自室を出て行った。