スケッチブックの最後のほうにはハナちゃんの小さいころと思われるスケッチが何枚かあった。
「ハナちゃん、わかる? これ、ハナちゃんの小さいころの絵だよ?」
 ハナちゃんを膝に引き寄せ問いかけると、ハナちゃんは微々たる関心も示さず膝の上に丸まって眠ってしまった。
 そんなハナちゃんを笑いながら、刺繍を再開する。
 最後はツカサの長ランの刺繍の予習。
「ちょっと難しく思えるかもしれないけれど、いくつかのステッチを組み合わせているに過ぎないから、あまり構えなくて大丈夫よ。じゃ、ひとつずつ刺していきましょう」
 必要となるステッチを教えてもらったことで、長ランの刺繍もなんとかなる気がしてきた。
 最後の一針を刺したところでハナちゃんがビク、と身を震わせ立ち上がる。次の瞬間には、
「ワワンっっっ!」
 吼えながら玄関へ走っていった。
「きっと涼さんだわ」
 真白さんが腰を上げたので、私も一緒に玄関へ迎えに出ると、玄関では涼先生がハナちゃんを抱き上げていた。
「御園生さんいらっしゃい」
「お邪魔しています」
「刺繍ははかどっていますか?」
「はい。真白さんに教えていただいたので、なんとかできる気がしてきました」
「それは良かったです。では、少し休んでからワルツの練習をしましょう」
「……お仕事からお帰りになったところなのに、申し訳ないです」
「お気になさらず。その代わり、コーヒーを一杯飲むお時間だけいただけますか?」
 柔らかな笑みを向けられ、私は赤面しながら「はい」と答えた。