「あの……えと、なんのことでしょう?」
「翠葉ちゃん、顔引きつってるよ? 通路やエレベーターで、誰とばったり会ったら困るのかな?」
 ニコニコと笑っている秋斗さんはごまかされてはくれなさそうだ。
 もう、この際すべて話してしまったほうがいいのだろうか。
 逡巡していると、ドア口に立っていた秋斗さんが部屋へ足を踏み入れた。
 今の今までは、かろうじて一室にふたりきり、という状況ではなかった。けれども、秋斗さんがこの部屋に入ってしまったらアウトではないだろうか。
「秋斗さん、ストップっっっ」
「ん?」
「だめです。部屋に入らないでください」
 秋斗さんは不思議そうな顔をしてドア口に留まる。
「もしかして、ばったり会ったら困るのって俺?」
 私はさも情けない顔をしていることだろう。眉尻が下がって困惑顔になっているのが自分でもわかる。
「それ、どうして? 今までは普通に接してくれてたよね?」
 確かにそうだ。今までなら普通に挨拶をして、会うたびに甘い一言をかけられて、ときには好きと言われてわたわたしていた。「困る」は「困る」でも、今現在抱える「困る」とは少し状況が異なる。