蒸し暑いと感じた一日も、夜になればだいぶ和らぐ。
 俺は携帯を取り出し、翠の警護班へ連絡を入れた。
「今からマンションまで徒歩で移動します」
『かしこまりました』
 藤山や学園敷地内にはそこかしこにカメラや熱感知センサーが張り巡らされている。
 それらを使って安全が確認されれば、俺たちに見えるところには警護の人間が姿を現すことはない。
「ツカサ、お待たせっ」
「走るな」
「はい……」
 俺は視線を前方へ移す。
 浴衣姿の翠は藤の会での振袖姿を彷彿とさせ、若干変な気になりそうだった。
 暗がりに浮かび上がるうなじが眩まばゆく光って見えるから余計に。
「今日、とっても楽しかった。来年もあるなんて楽しみ! ツカサの家では毎年七夕祭りをしているの?」
「いや、今回が初めて」
「そうなの? でも、涼先生は毎年お休みするって……」
「毎年、結婚記念日と七夕は休んでふたりでどこかに出かけてる」
「そうなのね。……なんだか、すてき」
 翠ははにかんで口にした。
 それはつまり、覚えていたらいいのか。それとも、覚えているうえで特別な日にするから「すてき」なのか。