「でも、翠葉ちゃんはそんなことができる子じゃないか……。で? ここに来るなんて珍しいけど、唯に用?」
「用という用ではないんです。お菓子を焼いたので、皆さんで食べてください」
 秋斗さんは笑顔で包みを受け取った。
「ラッピングまでしてくれてありがとう。あとでみんなでいただくね。それと、何かあったらいつでもおいで」
 明確な言葉が添えられたわけではない。でも、「司と何かあったら」という意味に取れて仕方がなかった。

 十階に着き、元湊先生のおうちを前にしてため息をひとつ。
 なんの変哲もない玄関だし、テスト期間前は普通に押していたインターホンだ。なのに、今は大きくて重い鉄の扉に見えるし、インターホンが茨の中に設置してあるように思える。
 なけなしの勇気でインターホンを押すと、すぐにドアが開けられた。
「いらっしゃい」
「これ、お菓子」
 ツカサは私の手元に視線を移すと、
「そのまま持ってきてくれてよかったのに」
 その言葉に何を答えられる気もせず、私は俯いてしまった。