「そんな忘れてた、みたいな言い方したら、蒼樹さん悲しむわよ?」
「だって、本当に忘れていたの」
 翠葉のふわりとした笑顔に少しほっとした。そこまで思いつめているのではないのかもしれない。思いつめるととことん自分を追い詰める子だから、そこまで行く前に手を差し伸べたいと思うけど、それは存外難しい。翠葉は表情が豊かなくせに、何かに悩んでいても、それはさほど顔に出さないのだ。
 今度、蒼樹さんにそのあたりの手ほどきや目安を訊きたいくらいだわ。
 翠葉との話が一段落ついたとき、私たちはいつもに増して無口な男がいる図書棟へ向かって歩きだした――。