馴染みあるピアノはピカピカに磨かれていた。
 ちょっとした緊張を纏いながら、ピアノに向かう。
 ピアノさん、こんにちは――
 今日はいつもと違うコンディションだけど、気分はどう?
 今から少し、音を聴かせてくださいね……。
 心の中で話しかけ、ゆっくりと鍵盤を沈める。と、指先に伝う感覚に頬が緩んだ。
 軽くて弾きやすい。腕や手、指に無駄な力を入れることなく音を奏でられる。
 指先から力が伝って、きちんと音に変換される感じ。それは「打てば鳴る」――そんな感覚。
 いつも難しいと感じていたパッセージも難なく弾くことができ、指の稼働率が上がったとすら感じる。
 それに、音が優しい。明るく透き通っていて、まるで森に注がれる陽の光のようなあたたかさだ。
 一通り弾き終えると、ピアノ脇に立っていた先生を見上げる。
「先生、とっても弾きやすいしあたたかな音色です。大好き!」
「そうおっしゃっていただけて何よりです。御園生さんのオーダーから木漏れ日や陽だまりのような音を目指してみました」
「それっ! まるで森に注がれる陽の光みたいに思いました」
「なら、成功でしょうか」
 先生は満足そうに笑みを浮かべ、ツカサの方へ向き直る。
「司くんはどうでしたか?」
「自分は翠ほど音楽に詳しくはありませんから。……でも、翠がこれほど喜んでいるのなら、問題ないと思います」
 先生は笑顔で頷き、「それにしても……」と部屋をぐるりと見回した。
「御園生さんは練習環境に恵まれているんですねぇ……。音大を目指す子には珍しくないのですが、ここまで広い防音室で練習できる子はそうそういませんよ」
 先生がそう言うのも無理はない。
 一言で「ミュージックルーム」とは言うけれど、ただピアノとハープが置いてあるだけの部屋ではない。
 壁際には高そうなオーディオセットが並び、部屋の中央には間に合わせで用意されたとは思えないコの字型のソファセットが置かれている。
 それでも部屋が狭く感じることはない。それどころかまだスペースには余裕がある。
 おそらく二十畳から三十畳ほどの広さがあるのではないだろうか。
 ちょっとした発表会ができてしまいそうな広さだ。