お弁当を食べ終わってお茶を飲んでいるとき、携帯が新たに鳴り始めた。
 ディスプレイには「仙波先生」の文字。
 先生から電話……?
 今日の調律に関する連絡だろうか。でも、それならお母さんに連絡しそうなものだけど……。
 不思議に思いながら、ツカサに断わりを入れてから電話に応じた。
「もしもし……?」
『あ、御園生さん、捕まってよかった。今、話していても大丈夫ですか?』
「はい、お昼休みなので大丈夫です」
『これから調律にうかがうのですが、音色の希望を聞き忘れてしまいまして……。どんな音をご希望でしょう』
 どんな……?
 私が返答に困っていると、
『たとえば、今のピアノの音はどんな印象ですか?』
「……荘厳――力強く、華やかな音色です。でも、私はその力強さをまったく音にできなくて、弾いていてちょっと苦しい感じがしました」
『そうでしたか……。では、そんな感じに音色に対する希望をうかがえませんか?』
 私は自宅のシュベスターや初めて弾いたベーゼンドルファーの音色を思い出しながら、理想とする音を言葉に変換していく。
「明るく澄んでいて、優しい音色。ライブハウスのピアノのみたいにセピア色した音ではなくて、レモンイエローくらい優しくふんわりした音。でも、もやっとした感じの音ではなくて、あくまでも明るくクリア。こもったような音もキンキンした音も好きではありません。華やかさよりは、素朴な音のほうが好きかも……?」
 思ったままに答えたけれど、これで伝わるのだろうか……。
 不安に思っていると、
『相変わらず独特なたとえですね。でも、だいたいのイメージはつかめたと思います。そのように調律させていただきますが、仕上がりの音を聴いていただいて、手直しすることもできますので』
「帰宅するのが楽しみです」
『六時までには形にします。楽しみに帰宅なさってください』
「よろしくお願いします」
『ではのちほど……』
 通話を終えると、ツカサがじっと私を見ていた。
「今日、何かあるの?」
「うん。静さんに許可をいただいて、スタインウェイを私に合わせて調整しなおしてもらうことになったの。しかもね、ピアノの先生が調律してくれるのよ」
「ふーん……それ、俺も見に行っていい?」
「もちろん! あのね、静さんがコミュニティータワーの一室をピアノルームに提供してくれて、ピアノもハープもそこへ移すの。だから、これからは家族のことを気にせず練習できるんだ」
「へぇ……」
 そんな話をしていれば予鈴が鳴り、ツカサは時計を確認して席を立った。
「ホームルーム後迎えに来るから、教室で待ってて」
 もうこれは何を言っても聞いてはもらえないんだろうな。
 そう思いながら、「ありがとう」と口にした。
 ツカサがクラスを出た瞬間に、クラス中からため息が聞こえてきた。
「ほんっとに過保護よね」
 桃華さんの言葉にみんなが頷く。もちろん私も。
「でも、怪我の経緯を知っちゃうと、司の気持ちもわからないでもないけどな」
 海斗くんの言葉にまたしてもみんなが頷いた。