マンションに着くとロータリーに車を停めて翠を九階まで送る。
 松葉杖をついている都合上手はつなげなくて、そんなことすらもどかしい。
 別れるまでには何か話さなくては――
 ゲストルームの前まできてようやく口を開くことができた。
「さっきは悪かった……」
 一方的に攻め立てるような物言いをしてしまったことを謝る。
「でも、この先何度でも嫉妬すると思う」
 翠は思い立ったように松葉杖を置くと、ぎゅっと抱きしめてくれた。その直後、セーターを掴んだ手に引き寄せられ呆気にとられていると、頬に柔らかなものが触れる。
 ――き、す……?
 さらに抱きしめられ、
「ツカサ、好きよ。大好きだからね」
 耳のすぐ近くで囁かれ、声とあたたかな息が鼓膜に届く。
 身を離した翠を新たに抱き寄せキスをする。
 舌を絡めると、今までにないくらい応えようとしてくれているのがわかった。
 それが嬉しくて、キスを終えても翠を放せないでいた。
 すると、
「ツカサ、もう一度かがんでもらえるっ?」
 どこか緊張した面持ちの翠に近づくと、俺の両肩に手を乗せた翠が目を閉じゆっくりと近づいてきた。
 まさか、と思いながら目を閉じることもできずにいると、唇に翠のそれが重ねられる。
 ほんの一瞬の出来事。
 信じられない思いで口元を覆う。
 熱を持った顔を見られたくないとか何も考えられなかった。
 目の前の翠はワンテンポ遅れて顔を赤く染め上げ、
「あっ、あの、今日は迎えに来てくれてありがとうっ。じゃ、また明日学校でねっ」
 逃げるようにゲストルームへ入ってしまった。
 俺はその場に座り込む。
「ちょっと――」
 待て……。
 そろそろ翠からキスをしてくれてもいいんじゃないか、とか考えてはいた。でも、まさかこのタイミングでキスされるとか思いもしなかったわけで――
 遅れてやってきた「喜び」を文字通り噛みしめる。
「やばい、嬉しい……」
 しかし、いつまでもゲストルームの前にとどまっているわけにもいかず、立ち上がりエレベーターに乗り込む。
 マンションから藤山の家までは警護班に送ってもらうつもりでいたけど、この顔を見られるのは抵抗がある。
 少し落ち着くまで十階にいようか……。
 逡巡しているうちにエレベーターが動き出し、一階へと下りてしまった。
 一階でエレベーターを待っていたのは秋兄だった。
「どうした? 顔真っ赤だけど」
 俺はまだ口元を覆った手をはずせずにいた。
「なんでもない……」
「ふ~ん……翠葉ちゃんとなんかあった?」
 ニヤニヤした顔が最悪……。
「別に……」
「ま、いいけどさ。あ、翠葉ちゃんの指、たぶん七号」
「助かった……」
「藤山まで送ろうか?」
「遠慮しとく……」
「じゃ、警護班に送ってもらえよ」
「……そうする」
 俺は相変わらず口元から手を離せなかった。
 緩みに緩んだ口元を秋兄に見られることだけは免れたくて――