「でも、演奏を聴きに行っただけだよ?」
「演奏を聴きに行っただけで話したりはしなかったって言いたいの?」
「あ、ごめん……ステージが終わってから少しだけ話しました……。でも、本当に少しだけよ? 今日はずっと先生と一緒だったし……」
 正直すぎるだろ……。
 そこは嘘でも話さなかったと言って――ほしくないか……。
 やっぱり事実を知りたいと思う。
 それに、翠が悪くないことくらいわかってる。
 こんなのは俺の嫉妬で、自分がどうにか対処しなくちゃいけない感情だ。
 それをどうすることもできず翠にぶつけている時点で、子供じみたことをしているのは俺なわけで――
「悪い……」
「え……?」
「今の、なしで……」
 言ったことをなかったことにしてくれなんて、なんでずるい……。
 格好悪すぎる自分をそれ以上フォローすることはできなくて、気まずいまま無言の時間が過ぎた。
 こんなつもりで迎えに来たわけじゃない。とはいえ、最初から不機嫌で、翠と会ってもその感情は解消されなくて、結果こんな状況なわけで、何をどうしたらいつもの状態に戻せるのか――
 翠は隣で俯いたまま。
 手元を見ていると思ったら、白い指先がブレスレットの石を繰り返し撫でていた。
「それ……」
「え?」
 翠は俺の視線の先を捉え、
「ブレスレットがどうかした……?」
「休みの日、いつもつけてるけど、そんなに気に入った?」
「すごくっ」
 大きすぎる返事に少しびっくりした。
「ピアノを弾くときははずさなくちゃいけないけど、それ以外はずっとつけてるよ」
 嬉しいのに、そうとは言えない自分の性格が恨めしい。
 そこでふと思い立つ。
 クリスマスにプレゼントする指輪も同じ石にしたら喜ぶだろうか、と。
「どの石が一番好き?」
「えっ? 難しい……」
 翠は手を目の高さまで上げ、じっとブレスレットを見つめた。
「透明な水晶も好きだし、レモンイエローのシトリンも好き。でも……緑のペリドットが一番好き、かな」
 それは緑だから、という理由ではない気がした。
「どうして?」
「……ツカサは石言葉って知ってる?」
「いや……」
 花言葉みたいなものだろうか……。
「私も知らなくて、栞さんが教えてくれたの。水晶は純粋。シトリンは初恋の味、ペリドットは――」
 翠は顔の筋肉を弛緩させ、「運命の絆」と呟くように口にした。
「これを持っていたら、ずっとツカサと一緒にいられそうでしょう? だから、好き」
 にこりと笑った顔がかわいくて、信号で停まったのをいいことに、サイドブレーキを引いてすぐ、色味の薄い唇にキスをした。
 唇を離し視線が絡むと、
「ツカサ、好きよ」
 その「好き」には「信じて?」という想いが含まれている気がした。
 信じていないわけじゃない。信じていないわけじゃないけど、どうしてこんなにも不安になるのか……。
 その不安を拭いたくて、俺はもう一度キスをした。