支倉に着くなり、
「じゃ、行ってくる」
 秋兄は意気揚々と車を降りて人ごみへと見えなくなった。
「俺、何してるんだろ……」
 落ち着かないから翠を迎えに来たわけだけど、そこでまたイラつく事態発生って何?
 でも、指輪のサイズを知りたいって頼んだのは自分だし、俺の知らないところで秋兄が翠に接触するのは抵抗あるし……。
 いっそのこと、自分でサイズを測ればよかった?
 いや、どうせプレゼントするなら渡すそのときまで悟られたくはない。
 自分の中に居座るものと対峙したくなくて違うことを考えていたけれど、どうやっても無視できないそれが脳を占拠する。
 翠がほかの男に会いに行く。……とはいえ、ただ演奏を聴きに行くだけだ。
 わかっていても、不快感が胸に渦巻く。
 相手を知らないから余計に気になるのだろうか。
 たかがライブに行くくらいで嫉妬とか、どれだけ狭量なのか。
 そんな自分を認めたくなくて、平気な振りして翠の誘いを断わったけれど、断わったら断わったでこの様……。
 幼稚園児並の猜疑心しか持ち合わせない翠だが、男の誘いに乗るような軽率な人間ではない。その点は信用しているのに、何がこんなに気になるのか――
 最近は男性恐怖症の気もだいぶ緩和されてきて、そういう心配はあまりしなくてよくなったものの、それが原因となりほかの不安が生じる。
 男に対する警戒心が薄らいだ翠に付け込む男がいやしないか、とか。翠の好きな「音楽」という分野に精通する男に翠が惹かれないか、とか――
 そんなこと、考えてもきりがないのに。
「翠が芸大へ進んだら、とか考えたくないな……」
 考えたくなくとも、そんな未来はいずれやってくるわけで……。
 束縛なんて格好悪いことはしたくないけれど、現実問題難しそうだ。

 ふと視線を感じて助手席の方へ視線をやる。と、車の外からこちらを覗きこむ顔がふたつ。
 秋兄の口が「仏頂面」と動いて舌打ちしたくなる。
 その隣で、翠は困ったような顔でため息をついた。
「大丈夫、翠葉ちゃんが助手席に座れば機嫌も直るよ」
 そのつもりで迎えにきたけれど、どうもそれだけではこの不機嫌は拭えそうにない。
 なら、どうしたら自分の機嫌が直るのか。
 翠が車に乗る際、秋兄は実に自然な動作で翠の左手を取り、指のサイズをチェックしていた。
 そんな動作を横目に見ていると、
「司、無茶な運転はするなよ」
 俺、無茶な運転なんてしたこともするつもりもないんだけど……。
 秋兄が後部座席へ移動するのを待っていると、秋兄は松葉杖を入れただけで、乗り込みはしなかった。
「え? 秋斗さん?」
 翠が疑問の声をあげると、
「そこまで野暮じゃないよ。帰りはふたりでどうぞ」
 言って車から離れ、後続車へ向かって歩き出した。
 ポカンと口を開けている翠に、
「後続車は警護班の車」
 補足説明をすると、翠は納得したように視線を前方へ向けた。