悩んでいるうちに慧くんが口を開いた。
「兄貴の上司らしいよ。芸大祭にも来てた」
 慧くんの説明は間違っていない。間違ってはいないけど、どう考えても説明不足だ。
 どんな説明を追加しようかと考えていると、秋斗さんがクスクスと笑って話に混ざった。
「翠葉ちゃん、こちらは?」
「あっ、ピアノのレッスンでお世話になっている仙波先生です」
「はじめまして、藤宮秋斗と申します」
 秋斗さんは胸ポケットから名刺ケースを取り出すと、「藤宮警備」の名刺を差し出した。
「翠葉ちゃんのお兄さんふたりと懇意にしてまして、今は家族ぐるみのお付き合いをさせていただいています。今日はお兄さんの代わりに彼女を迎えに来ました」
 あ、そっか……。「家族ぐるみのお付き合い」という言葉があった。
 今度からはその言葉を借りよう。
 そんなことを考えている傍らで、
「御園生さん、念のためにご家族にご確認を」
 先生は厳しさを感じる声で言う。
「先生、兄からメールが届いてました。それから留守番電話も。間違いなく、兄の代わりに秋斗さんが来てくれたのだと思います」
「もしなんでしたら、先生自らご確認いただいてもかまいませんよ」
 秋斗さんの言葉に、先生は自分の携帯を取りだし電話をかけ始めた。
「夜分遅くにすみません。天川ミュージックスクールの仙波と申します。今お嬢さんと一緒におります。今日はご家族の方が迎えにいらっしゃるとのことでしたが、現在藤宮さんとおっしゃる方がいらしています。この方にお嬢さんを預けてもよろしいものかと思い、ご確認のため連絡させていただきました。――はい。――そうでしたか。お間違いなければかまいません。それでは失礼いたします」
 確認が取れると、先生は秋斗さんに向き直り頭を下げた。
「失礼いたしました。何分大切な生徒さんですのでお許しください」
「いえ、かまいませんよ」
「じゃ、御園生さん、僕らはここで……。火曜日、調律にうかがいますね。そのときに、改めてレッスンのお話をしましょう」
「はい。先生、慧くん、今日はありがとうございました」
「おう! スコアの件忘れんなよ? 連絡待ってるからな!」
「はい」