ライブハウスを出て一階のロビーへ移動する途中、
「翠葉がさっき弾いた曲、誰のなんて曲? 俺、初めて聴いた」
「そういえば、僕も知らない曲でしたね」
 それはそうだろう……。
 あれは私が作った曲だし、世間になど出ていないのだから。
 でも、自分のオリジナル曲と答えるのは恥ずかしくて黙り込んでいると、「ん?」と慧くんに顔を覗き込まれた。
「楽譜あったら今度貸してくんない? 俺も弾いてみたい。耳なじみよかったし、ライブで弾いても受けるかも」
「えっ――」
 思わず声をあげると、
「何? 秘密にしておきたいとか?」
「えと、そういうわけではないのだけど……」
「もしかして、御園生さんのオリジナル?」
 先生に尋ねられて言葉に詰まった。
「まじで!? おまえ、曲も作るの?」
 私は唸りたいのを我慢して口を開く。
「……もともと、譜面を読むのが苦手な子だったんです。それで、譜読みに飽きちゃうと勝手に続きを作り出す癖があって、それが高じて作曲するようになりました……」
「翠葉すごいな? 俺は無理。大作曲家先生の曲を好き勝手いじるなんてできないし、レッスンの先生が怖くてんなことできっかよ!」
 もっともです……。
 過去を思い返せば、川崎先生に怒られた記憶がまざまざとよみがえる。
「で? さっきの曲名は? なんつーの?」
「……桜の下で逢いましょう」
「曲にぴったりな名前ですね」
 そう言ってもらえると少し嬉しい。
「スコアは?」
「えぇと、ちゃんと譜面に起こしたことはなくて……」
「あれ、譜面にしてよ。俺弾きたい」
 恥ずかしいけれど、弾きたいと言ってもらえるのは嬉しい。なんか、くすぐったい気分だ。
「じゃ、近いうちに譜面に起こしますね」
「うん。……ところでさ、なんで敬語?」
「え? あ……深い意味はなかったのだけど……」
「俺、年上とか先輩って柄じゃないから、そういうの気にしなくていいからな?」
「はい……」
「ちなみに、俺の名前は?」
「え……倉敷慧くん?」
「そうじゃなくて!」
「あっ、慧くん?」
「うっし」
 慧くんは満足そうにスキップを繰り出した。