先生との会話がひと段落着くと、ステージのピアノに意識が移る。
「ピアノがどうかしましたか?」
「あ……あの、飴色っぽい音がする子だな、と思って」
「面白いたとえをしますね。でも、わかる気がします。ちょっと年季が入った木に、艶が出てきたようなそんな音ですよね」
「そうなんです! なんというか、ほどよく乾燥していて軽やかな音なのに、深みとか豊かさはしっかりとあって」
 共感してもらえたことが嬉しくて、思わず力説してしまう。すると、先生はおかしそうに声を立てて笑った。
「僕も人のことは言えないのですが、御園生さんもたいがいピアノバカですね」
「あ……はい。ピアノ、大好きです」
「じゃ、少し弾いてみますか?」
「えっ? でも――」
「大丈夫ですよ。お客さんもだいぶはけてますし……」
「……いいんですか?」
「ここの責任者は僕の兄なので」
 その一言に、仙波楽器の御曹司であることを思い出す。
「じゃ、少しだけ……」
「その前に、手は完治しているんですよね?」
「はい。もう大丈夫です」
「でしたらどうぞ」
 手を差し出され、ピアノまでの道のりを補助してもらった。

 年季が入って真っ白とはいえない鍵盤に向かい、挨拶を済ませる。
 ピアノさん、こんばんは。少しだけ弾かせてくださいね――
 何を弾こうか考えて、人の知っている曲は避けることにした。
 オリジナル曲なら多少間違えてもごまかしようがあるというもの。
 そうだ、あれを弾こう。
 あの曲は最初は単音から始まるし、ピアノの音色を楽しむにはもってこいの曲だ。
 ゆっくりと鍵盤に手を載せ、音色を楽しみながら一曲を弾ききる。
 気持ちよく弾き終えたら、そこら中から拍手が聞こえてきてびっくりする。
 恐る恐るフロアへ視線を向ける。と、まだ会場に残っていたお客様や、先ほどまでステージで演奏していアーティストからの拍手だった。
 聴かれていたことが恥ずかしくて動揺していると、
「座ったままでかまいませんから、まずは礼をしましょうか」
 先生に促され、私は椅子にかけたまま小さくお辞儀をした。
 いそいそとステージから下り壁際へ逃れて縮こまっていると、慧くんがやってきた。
「ど? ステージで演奏した感想は」
「穴があったら入りたい……」
 壁に助けを乞いうな垂れていると、先生と慧くんに笑われた。
「なんで? 堂々としてたし安定した演奏だったじゃん」
「それは、人が聴いているなんて思わなかったからで――」
「何言ってんだよ。ピアノが鳴れば聴くだろ?」
 確かに、ピアノが鳴ったら私も聴くし見る……。
 そう思えば、好奇心に負けてピアノに手を出した自分が悔やまれる。
 でも、甘く深みのある音で歌ってくれるピアノさんだった。
 恥ずかしさを満足感に摩り替えようとしていると、ライブハウスのスタッフがやってきて、
「フロア清掃始めるんで出てもらっていいですか?」
「あ、すんません。すぐ出ます!」
 慧くんが返答し、私たちはライブハウスをあとにした。