「どうでした?」
 先生に訊かれ、
「すごかったです……もう、なんていうか、本当にひとつしか違わないのかな、って。みんな、どれだけ練習したらあんなふうに演奏できるんでしょう? 私、もっともっと練習しなくちゃ……」
「そうですね、慧くんは一日六時間以上はピアノを弾いてますよ」
「えっ!? 毎日ですかっ!?」
 私はただただ驚いていた。
「ま、芸大生ですからね、練習に割く時間はそれなりです。それが自分の将来に大きく関わってきますし」
 言われて納得する。それでも、自分の練習量と比べてしまうと、足元にも及ばないと思うわけで……。
「ところで御園生さん」
「はい?」
「御園生さんの現在の練習量はいかほどでしょう?」
 仏のように微笑をたたえた顔で訊かれているけれど、質問自体は非常にシビアな内容だ。
「えぇと……」
「正直に」
「はい……。平日は一時間が精一杯で、学校が午前で終わる土曜日は半日ほど練習しています」
「一週間で十時間前後といったところですね……」
 先生は何か考えているようだ。
「やっぱり、練習量足りてませんか……?」
 でも、毎日の予習復習とピアノとハープ、これらを満遍なくこなそうとすると、これ以上の時間を確保するのはどうしたって無理なのだ。
「だめというわけではないですよ。課題を出せば翌週までにはものにしてきますし。でも、何分ブランクがありますからね。もう少しペースを上げられたら、という思いはあります」
 うーん……どうしたら練習時間を捻出できるだろう。土曜日の練習時間をもう少し増やすことならできそうだけど――
「現在住まわれているマンションは藤倉駅からどのくらい?」
「バスで二十分ほどです」
「どすると、マンションから音楽教室まで一時間。往復で二時間……。その時間、もったいないですね」
「え……?」
「御園生さん、レッスンを『通い』ではなく『派遣』に切り替えてはいかがですか?」
「通い」ではなく「派遣」――
 大学に通うことを考えて、慣れなくては……と思っていたけれど、その時間が無駄ということなのだろう。
「僕は藤宮学園について詳しいわけではありませんが、それでも超進学校と言われる学校へ通って成績をキープするのに努力が必要なことくらいはわかります。平日は勉強に割く時間も必要ということでしょう? だから、練習時間を一時間程度しかとることができない。なら、時間の融通がきく土曜日や日曜日はロスタイムなく練習できる環境が望ましいと思います。日曜日のレッスンがなければ、午前も午後も練習に充てることが可能でしょう?」
 確かに、日曜日のレッスンがなければまとまった時間を練習時間に充てられる。
 芸大祭の日に聞いた、「ペース配分」の言葉が頭をよぎる。
 先生がこんな話をする程度には練習量が足りていないのかもしれないし、受験に間に合わせるのがぎりぎりなのかもしれない。