仙波楽器に着くと、先生が入り口に立っていた男性社員に声をかけた。
「先日話していた試弾のお客様です。キータッチの確認と、調律師の希望を聞いてください」
 先生は私を振り返り、
「僕はちょっと事務所に用があるので、前園さんに案内してもらってください」
「はい」
「では、ご案内いたします」
「よろしくお願いします」
 前園さんに案内されたのは、窓際に置かれていたグランドピアノ五台。
 私は一台一台キータッチの感触を確かめていく。
 キーの沈む感触を十二分に感じながら、手になじむものを探し出す。
 三ラウンドほどして、「これかな?」というものを見つけた。
 真ん中のピアノは自宅のシュベスターのキータッチに近い。そして、それより少し重いけれども弾きやすいと感じたのは、一番右側に置かれたグランドピアノだった。
 そのことを前園さんに伝えると、
「そうですね、より一般的なキータッチというならこちらになるでしょうか」
 前園さんが指し示したのは右側のピアノだった。
「あの、芸大受験を考えているのですが、どちらのキータッチのほうがいいと思いますか?」
「それでしたら、右側のピアノをお勧めします。芸大のピアノはすべてわが社が調律、整調、整音させていただいておりますが、特別なオーダーが入らない限り、左側のピアノと同様になるよう調整しておりますので」
「それなら、このピアノのキータッチでお願いします」
「かしこまりました。次はこちらへお越しください」
 フロアの中ほどへ案内されると、五台のピアノを弾き比べるように言われる。
 ピアノを一巡して気づく。
「これ、五台とも同じメーカーの、同じグレードのピアノですよね?」
「はい」
「それなのに、こんなに音色が違うなんて……」