芸大祭へ行って一週間が経った日曜日、私は天川ミュージックスクールにいた。
 今日はピアノのレッスンはなく、ソルフェージュのレッスンのみ。
 いつもならソルフェージュは午前十一時からの一時間だけど、この日はピアノのレッスンがないことから午後二時からのレッスンに変更してもらっていた。
 怪我の状態はというと、ようやく手首の痛みが取れて松葉杖での行動ができるようになったくらい。
 そんなわけで、仰々しい車椅子での生活は一週間程度のものだった。
 その一週間は家族やコンシェルジュに送迎してもらう登下校だったけれど、松葉杖になればひとりで登下校できるだろうか……。
 今日も音楽教室まで唯兄に車で送ってもらったため、まだ松葉杖の使い勝手がよくわからずにいた。

 ソルフェージュのレッスンが終わってロビーに出てくると、カウンターの中で柊ちゃんが電話応対中だった。
「あちゃー、お仕事でトラブルですか。それは災難……。じゃ、今日のレッスンはキャンセルですね。仙波先生にお伝えしておきます。来週はいつもの時間で大丈夫ですか? ――はい。――はい、かしこまりました。お仕事がんばってくださいね」
 そんな会話をして電話を切る。
 ロビーにお客様がいないことを確認してカウンターに近づくと、
「翠葉ちゃん、レッスンお疲れ様。今、お客さんいないからカウンターに座ってもらって大丈夫だよ」
 そう言われ、私はカウンター前の椅子に腰を下ろした。
「松葉杖ってことは、もう手首は大丈夫なの?」
「うん。昨日には完全に痛みが引いて、今日から松葉杖。でも、まだ慣れなくて……」
「足が治るのにはどのくらいかかるの?」
「個人差があるみたいだけど、一ヶ月から二ヶ月って言われてる。足が治るころにはもう少し松葉杖さんと仲良くなれてるかな?」
 そんなことを言うと、柊ちゃんに笑われた。
「今日、せっかくライブに誘ってくれたのにごめんねぇ……。今日は蓮井さんがいないからバイト休めなくて」
 柊ちゃんはカウンターにうな垂れる。