お弁当がないことと食堂への呼び出しは、何か関係しているのだろうか。
 疑問に思いながら中二階でエレベーターを降りる。と、エレベーターを出たところで通りすがりの生徒の会話が聞こえてきた。
「俺、藤宮の会長って初めて見たっ!」
「意外と普通のじーさんだったな?」
「学園に来るのにもSP連れてるんだな」
 藤宮の会長って……朗元さんのこと?
 えぇと……もしかして、食堂で待っているのは朗元さんで、私のお昼ご飯が困らない理由も朗元さんだったりするのかな……。
 若干の不安を抱えながら食堂へ入り、辺りをざっと見渡す。と、フロアの一角に黒いスーツの人たちを従えた和服姿の朗元さんがいらした。
 混雑しているというのに、朗元さんの周りだけは空いている。生徒たちはというと、異彩を放つ一画を、遠巻きに眺めている状態。
 みんな気にはなっていて、でもまじまじと見ることはできないから遠巻きに眺めている、そんな感じ。
 えぇと……たぶん間違いなく私を呼び出したのは朗元さんで、私はあそこへ行かなくちゃいけないのだろうけれど、これだけ注目を集めている中、その中心地とも言える場所へ向かうのは非常に勇気が要る……。
 でも、行かないわけにはいかないし……。
 覚悟を決めて車椅子を動かし始めると、私に気づいた警護の人が早足でやってきた。
「御園生翠葉様ですね」
「はい」
「会長がお待ちです」
 やっぱり……。
 警護の人に車椅子を押され、朗元さんの真正面の席にセッティングされる。
「呼び出してすまんの」
「いえ……ちょっと、すごくびっくりしました。でも、どうされたんですか?」
「何、久しぶりにお嬢さんに会いたくなっての」
「それでしたら、庵でもご自宅でも、いつでも遊びにうかがいますよ?」
「学校へ押しかけたのは迷惑じゃったかの?」
「えぇと……注目を浴びるのは苦手で、でも、お会いできたのは嬉しくて、少々複雑な心境です」
「ふぉっふぉっふぉ、そうじゃったの。じゃが、今日はじいに付き合って弁当を食べてくれぬかの?」
 朗元さんが警護の方に目配せすると、警護の人が風呂敷に包まれていたお弁当を取り出した。
 藤のマークが入った正方形のお弁当箱は、以前にも見たことがある。間違いなくウィステリアホテルのお弁当。
「須藤の作った弁当じゃ。お嬢さんは須藤の料理が好きだと聞いておったからの」
 にこにこと笑ってお箸を持つように勧めてくる朗元さんを前に、頬が引きつる。
 お母さん……朗元さんが来るなら来るって、事前情報が欲しかったです。
 でも、ふと考える。事前情報をもらっていたとしても、この状況が変わることはなかったのではないか、と。
 でも、心の準備とか心の準備とか心の準備とか――
 ツカサがクラスにやってきて、一緒にお弁当を食べ始めたころにだってひどく注目された。けれど、場所が教室ということもあり、ここまでたくさんの人に見られていたわけではない。
 こんな気持ちでお弁当を口にしても、きっと味などわからないだろう。それでは、お弁当を用意してくれた朗元さんにも須藤さんにも申し訳ない。
 私は目を瞑って何度か呼吸を繰り返し、朗元さんとお弁当以外のものをシャットアウトした。
 静かに目を開けると、
「切り替えはすんだようじゃの」
「はい、お待たせしました」
「では、食べるとするかの」
 私は朗元さんと揃って手を合わせ、「いただきます」と口にした。