真冬、ぐっじょぶっ!
 翠葉はというと、縮こまったままそのチケットを見つめていた。
「ね? 来て?」
「……はい。あ、チケット代――」
「いいよ、今回はお近付きの印にご招待!」
「でも――」
「くれるって言うんだからもらっちゃえよ。その代わり、絶対に来いよな?」
 ゴリ押しよろしく畳み掛けると、翠葉はようやくコクリと頷いた。
 真冬、サンキュ。あとで俺がチケット代払うわ。
 そんな視線を送り、正門まで数メートルというところまで来ると、
「リィっ!」
 門柱の脇で女みたいにきれいな顔したイケメンが手を大きく振っていた。
 年は二十台前半くらいだろうか。その男の並びには背の高いイケメンがふたり。
 ひとりは雑誌から抜け出てきたようなモデル並のイケメンで、もうひとりは十頭身くらいに見えるインテリ風。
「何、あのイケメン三人衆」
 翠葉に尋ねると、
「あ、手を振っているのが兄で、もうふたりは兄の上司です」
 なんだ……。
「迎えに来てくれるって兄貴?」
 年が近けりゃ名前で呼んでいてもおかしくない。
「でも、なんで上司まで……?」
「あー……えぇと、どうしてでしょう?」
 翠葉は今日何度目かの苦笑いを返してきた。
 これは、理由はわかっているけど言いたくない、かな。
 視線を前方に戻すと、目の前に翠葉の兄の上司という人間が立っていた。
 そのイケメンはしゃがみこむなり翠葉の額に手を寄せる。
「熱、少し上がってるけど大丈夫?」
 翠葉はびっくりしたのか、先ほどと同じように車椅子の上で身を引いていた。
 オニーサン、馴れ馴れし過ぎんじゃね?
「翠葉ちゃん?」
「あっ、えと、コンサートが終わってからは先生のご好意に甘えて応接室で休ませてもらったので大丈夫です」
「ならよかった。……彼らは? 先生、ではないみたいだけど?」
 にこやかに話すが表面だけ、というのが丸わかり。
 翠葉はそれに気づいてか気づかずか、作りものの笑顔を浮かべていた。
「こちら、倉敷慧くん。ピアノの先生に紹介されて、ここまで送ってきてもらいました。そちらの四人は倉敷くんのお友達です」
 俺たちはそれぞれ小さく会釈する。
「ふーん……。送ってきてくれてありがとうね」
「いえ」
 顔は笑ってるけど、明らかな牽制。
 なんだこいつ……翠葉の何?
 兄貴に礼を言われるならともかく、兄貴の上司が礼を言うのっておかしくね?
 彼氏って感じじゃないよな……。
 年だって結構離れてるし、もし彼氏なら、額に手を近づけたとき、あそこまで翠葉が固まることはないと思う。
 何より、付き合っているにしては会話が硬い。
「倉敷く――」
「けーいっ」
「あ……」
「次に苗字で呼んだらこれからずっとフルネームで呼び続けんぞ、御園生翠葉」
「ごめん……慧くん、送ってくれてありがとう。日曜日、楽しみにしてます」
「おう、待ってる。もし友達の都合がつかなかったら弓弦と一緒に来いよ。その日は見に来るって言ってたから」
「うん、そうする」
「じゃあな!」
 俺たちは翠葉に見送られ、来た道を戻り始めた。