弓弦を見送り翠葉の背後に回って車椅子に手をかけると、
「あっ、自分で動かせるよっ?」
「おとなしく押されてろ」
「でもっ」
「手も怪我してんだろ? 押してくれる人がいるなら頼んじゃえよ」
「……ありがとう」
「おう。……その手、どのくらいで治んの?」
「一週間くらい」
「本当、気をつけろよ?」
「はい……」
 これで別れたら、次はいつ会えるだろう?
 少なくとも、自分がアクション起こさないことには会う機会はない気がする。
 あ……自分のライブに呼ぶとか? ちょうど次の日曜にライブあるし……。
 そこまで考えて、「しまった」と思う。
 チケットはかばんの中。つまり、奏楽堂の楽屋に置いたまま。
 奏楽堂に寄ってからともなると、正門まで二十分近くかかるし……。
 話すだけ話してチケットは郵送するとか……? もしくは、当日手渡しという手もある。
 段取りを考えていると、
「「「「けーいーくんっ!」」」」
 聞き覚えのある声に我に返る。
 声音で人物の特定を済ませ振り返る。と、やっぱり春夏秋冬が立っていた。にまにまとした、実にいやらしい表情で。
「あ、おまえらステージ終わったの?」
 白々しくそんな言葉をかけると、
「終わった終わった。おまえひどいよ、始まる直前にいなくなるんだもん」
 夏がぶーたれる。そして、
「本当だよ。見つけたと思ったらこんなかわいい子と一緒にいるしさ」
 春の視線が翠葉に釘付けで、思わず翠葉を隠したくなる。
「君、名前は? どこ大学? それとも高校生かな?」
 真冬は実に手馴れた様子で話しかける。秋だけはにこにこと笑ったまま現状を見守っていたが、翠葉は車椅子の上で竦みあがっていた。
「怖がってんだろ? 少し下がれよ」
 翠葉の隣に立ち、翠葉を覗き込む面々を追いやる。
 程よい距離が開いたところで、
「右から春夏秋冬」
 わかりやすく紹介したつもりだった。でも、翠葉は「え?」といった表情で見返してくる。
 ちょっと杜撰すぎただろうか。
 思い直し、ひとりずつ正式名称で紹介することにした。
「九条春樹と夏樹は双子でヴァイオリンやってる。東海林秋善はヴィオラ。遠野真冬はチェロ。四人で『Seasons』ってカルテット組んでて、俺もたまにピアノで参加させてもらってる」
「春です」
「夏です」
「秋です」
「冬です」
 四人は示し合わせたように手を差し出す。
 翠葉はその誰の手をとることなく、「御園生翠葉です……」と小さく名前を口にした。
 だめだ。こいつ完全にびびってるし……。
 そんなことはおかいまいなしで、春が一歩二歩と近付いた。
「かわいいうえに名前がきれいっ! スイハってどう書くの?」
 だめだ、幼稚園児並みの春の脳には、翠葉がガラス細工であることがまったく認識されてねえ……。
 やっぱ、壊される前に遠ざけたい……。
 翠葉は身を引きながらも、
「翡翠の翠に葉っぱの葉……」
「かーわーいーいーっ!」
「春うるせーよ」
 夏に同意……。
 冷たい視線を春へ向けていると、反対側にいた真冬が翠葉に近付いていた。
 ああああ、こっちはガラス細工ってわかっていて、興味津々で触って眺めて楽しむ系っ!
 ヒヤヒヤしながら様子を見守っていると、
「音楽が好きなら友達誘って遊びに来て? 慧も出るからさ」
 真冬が差し出したのは、俺が奏楽堂に置いてきたチケットだった。