「んっ」
 スマホの赤外線受信をオンにして翠葉に向ける。と、「ん?」と首を傾げられる。
 この仕草たまらん……。
 そんな感情をひた隠し、
「連絡先の交換くらいいいだろ?」
「あ、はい」
 翠葉は自分のスマホを取り出し、その先の操作に困って首を傾げる。
「これって、どうしたら連絡先の交換できるんですか……?」
「おい……」
 スマホの使い方わかんねぇとかどんだけ……。
 でも、かわいいから許す。
 俺はふたつのスマホを操作して、手早く連絡先の交換を済ませた。
「そうだ。あの日のベーゼンドルファー、今どこにあると思いますか?」
 弓弦の問いかけに、翠葉はお手上げといった表情になる。
 でも、弓弦の知るベーゼンドルファーと言えばうちにも一台あるわけで……。
「ベーゼンドルファーって、うちのピアノのこと?」
 なんとなしに訪ねると、ゴト、とすごい音を立てて翠葉がタンブラーを落とした。
「おいおい、大丈夫かよ」
 言いながら拾ってやるも、翠葉は表情を固まらせたまま。
 これ、どうしちゃったわけ……?
 弓弦を振り仰ぐと、
「慧くん、無理もないですよ。あれは彼女が初めて触れたピアノなんですから」
「え? そうなの?」
「あのピアノを一週間家具屋さんにレンタルしたのを覚えてませんか?」
「あぁ、じー様が贔屓にしてるアンティーク家具屋だかなんかだろ?」
 小さかった俺は、ベーゼンドルファーが売られるのかと勘違いして大泣きした記憶がある。ぐずりにぐずった俺を見かねたじー様が、催事会場まで連れて行ってくれたという思い出付きだ。
「御園生さん、その家具屋さんのお孫さんなんです」
「はあっ!?」
「先生、知ってらしたんですかっ!?」
 弓弦は満足げな表情で、室内に置かれた家具たちを見回した。
 それはつまり、ここに置かれた家具がすべてその家具屋の品ということなのだろう。
 あぁ……珍しく、弓弦が「してやったり」な顔してやがる。
 今日はなんだかやられてばかりだ。