どうやら、彼女は同じ音楽教室の友達とふたりで学祭に来ていたらしい。
その友達は、弓弦が声楽科の先生と引き合わせたらしく、現在面談中なのだとか……。
そして弓弦は、その間に俺たちを引き合わせようとちょっと前から画策していたのだという。
「それにしてもおまえ――」
「それっ」
言葉を遮られ、何を指摘されたのか……。
「は?」
「名前っ」
「御園生翠葉だろ?」
「じゃなくてっ、『おまえ』はいやっ。それから、フルネームで呼ばれるのもちょっと……」
「お、おう……」
確かに、さっきから「おまえ」か「御園生翠葉」しか口にしていない気はする。
でも、じゃぁなんて呼べばいいんだよ……。
そう思う俺の傍らで、弓弦はクスクスと笑っている。
「御園生さんの意外なこだわりが判明……。それに慧くんが圧されるなんて」
うるせーやい。俺だってかわいい子には弱いんだ。
……「御園生さん」は、なんかかたっくるしいよな。じゃぁ、「御園生」……?
うーん……手っ取り早く名前呼びで距離を縮めたい気がしなくもない……。
馴れ馴れしいって引かれるかな? ……いや、いっとけ俺っ!
「翠葉、あのコンクールのあとはどうしてたんだよ」
思い切って口にしてみたものの、呼びなれない名前を口にするのはなんだか気恥ずかしい。
落ち着け落ち着け……。単なる名前じゃねえか。単なる名前っ!
女友達の何人かは下の名前で呼ぶ仲だ。そう珍しいことでもない。
でも、呼びなれないうえにきれいすぎる名前を口にするのはひどく新鮮で、どうしてか恥ずかしかった。
しかも、名前を呼んだら嬉しそうに笑うから、心臓鷲づかみにされるわけで……。
俺、ブンブン振り回されっぱなしなんだけどっ!
ドキドキ絶好調で彼女に意識を戻すと、笑顔は引っ込み不思議そうな面持ちでこちらを見ていた。
「どうしてって、何が……ですか?」
「ピアノっ! それ以外にないだろっ?」
やばっ――平常心を装えず、口調が強くなってしまった。
また怯えさせてしまっただろうか。
ちょっといやなドキドキを感じつつ、目つきに注意して彼女を見る。と、彼女はまあるく目を見開いてまじまじと俺の顔を見ていた。
その数秒後、はっとした様子で表情を改める。
「川崎先生のところをやめてからは、割と好きに弾かせてくれる先生のもとで習っていました。最初にコンクールには出たくないって話したのでコンクールの話は一切出なかったし、ひたすらに好きな曲をマスターするためだけに練習してきた感じで……」
いったい何をどう進めてきたらあんなに技術が落ちるんだろう……。
新たなる疑問をぶつけると、翠葉は指折り数え始めた。
それはごく一般的な教本の進み方だけど、バッハの進行速度が遅いところを見ると、翠葉の苦手分野はそこなのかもしれない。
その友達は、弓弦が声楽科の先生と引き合わせたらしく、現在面談中なのだとか……。
そして弓弦は、その間に俺たちを引き合わせようとちょっと前から画策していたのだという。
「それにしてもおまえ――」
「それっ」
言葉を遮られ、何を指摘されたのか……。
「は?」
「名前っ」
「御園生翠葉だろ?」
「じゃなくてっ、『おまえ』はいやっ。それから、フルネームで呼ばれるのもちょっと……」
「お、おう……」
確かに、さっきから「おまえ」か「御園生翠葉」しか口にしていない気はする。
でも、じゃぁなんて呼べばいいんだよ……。
そう思う俺の傍らで、弓弦はクスクスと笑っている。
「御園生さんの意外なこだわりが判明……。それに慧くんが圧されるなんて」
うるせーやい。俺だってかわいい子には弱いんだ。
……「御園生さん」は、なんかかたっくるしいよな。じゃぁ、「御園生」……?
うーん……手っ取り早く名前呼びで距離を縮めたい気がしなくもない……。
馴れ馴れしいって引かれるかな? ……いや、いっとけ俺っ!
「翠葉、あのコンクールのあとはどうしてたんだよ」
思い切って口にしてみたものの、呼びなれない名前を口にするのはなんだか気恥ずかしい。
落ち着け落ち着け……。単なる名前じゃねえか。単なる名前っ!
女友達の何人かは下の名前で呼ぶ仲だ。そう珍しいことでもない。
でも、呼びなれないうえにきれいすぎる名前を口にするのはひどく新鮮で、どうしてか恥ずかしかった。
しかも、名前を呼んだら嬉しそうに笑うから、心臓鷲づかみにされるわけで……。
俺、ブンブン振り回されっぱなしなんだけどっ!
ドキドキ絶好調で彼女に意識を戻すと、笑顔は引っ込み不思議そうな面持ちでこちらを見ていた。
「どうしてって、何が……ですか?」
「ピアノっ! それ以外にないだろっ?」
やばっ――平常心を装えず、口調が強くなってしまった。
また怯えさせてしまっただろうか。
ちょっといやなドキドキを感じつつ、目つきに注意して彼女を見る。と、彼女はまあるく目を見開いてまじまじと俺の顔を見ていた。
その数秒後、はっとした様子で表情を改める。
「川崎先生のところをやめてからは、割と好きに弾かせてくれる先生のもとで習っていました。最初にコンクールには出たくないって話したのでコンクールの話は一切出なかったし、ひたすらに好きな曲をマスターするためだけに練習してきた感じで……」
いったい何をどう進めてきたらあんなに技術が落ちるんだろう……。
新たなる疑問をぶつけると、翠葉は指折り数え始めた。
それはごく一般的な教本の進み方だけど、バッハの進行速度が遅いところを見ると、翠葉の苦手分野はそこなのかもしれない。