ようやく視線が合ったかと思えば、彼女はこんなことを言い出した。
「あの……どうして私がわかったんですか?」
「は? そりゃ、わかんだろ……」
 だって、容姿そのままだし、音だって変わらず極彩色。これでわからないほうがおかしい。
 でも、彼女はまったくわからないらしく、目をぱちくりさせている。
「ま、ヒントはあったんだけど……」
「ヒント、ですか……?」
 小首傾げる仕草までかわいいじゃねぇか……。
「弓弦からメールが届いてさ」
 その画面を見せると、
「待ち人、来る……?」
 顔の傾斜が追加され、さらりと流れた髪に釘付けになる。
 うちの大学にだってかわいいとか美人って類の女はそれなりにいる。でも、これはなんか別次元……。
 動くたびに目を奪われるっていうか、何これ、計算された動きなの? どうなのっ!?
 俺は平常心を装い、
「俺もそれだけじゃわからなくて、弓弦に訊こうと思ってここに来たらピアノの音が聞こえてきてさ」
 もうわかるだろ?
 そんな視線を向けると、「いいえ、わかりません」といった顔をされた。
「音聴いたらわかるだろ?」
 それが普通だと思って口にしたけど、彼女は首を捻って微妙な顔をしている。
 ま、俺だって誰の演奏でもすぐわかるってわけじゃない。こいつの音は響子に似てたから、というのが大きい。
 その旨を話すと、
「キョウコさんって、先生のお姉さんの……?」
「そっ。それに、あのころも髪長かったし、今も長い。面影ありまくりだろ?」
 今度は納得したらしく、腑に落ちた表情で口を閉じた。
 平常心を保ちたい俺は、ついつい饒舌になってしまう。
「しっかしおまえ、真面目にピアノやってこなかっただろ。なんだよ、さっきの演奏。テンポキープはできてないわ音の粒も揃ってないわ。昔のほうがうまかったんじゃん? 今、何やってんの? っていうか、なんでここにいんの?」
 弓弦のことを「先生」と呼ぶあたり、弓弦の教え子なんだろうけれど……。
 そんなことを考える俺の正面で、彼女は怯えたようにおどおどしていた。
 やっべ、言い過ぎたか……?
 そこにノック音が割り込みドアの方を振り返る。と、弓弦が顔を覗かせていた。
 俺は弓弦に言いたい。「ドッキリにも程があるだろっ!?」と――
 普段からこういういたずらをする人間じゃないだけに威力満載というかなんというか……。