……にしてもかわいいな、おい。
 小学生のころもめっちゃくちゃかわいかったけど、そのまんま大きくなりやがって……。
 かわいい子を見て赤面しそうになるとか、あのコンクール以来なんだけど……。
 あのとき、ステージを目前に、すっごくかわいい子が隣に座っていることに気取られていた俺は、程なくしてその子が震えていることに気づいたんだ。
 手をきつく握り締め肩は竦みあがっており、歯の根が合わないほどガチガチに緊張していた。
 さらには緊張から聴覚が麻痺しているのか、名前を呼ばれても反応せず。
「名前、呼ばれたよ?」
 俺の声も届かなかった。そこで俺は、トントンと肩を叩いて声をかけなおしたんだ。
「大丈夫? 順番だよ」
 俯いていた顔がこちらを向き、潤んだ瞳に釘付けになる。
 真っ白な肌に色素の薄い長い髪、白いふわっふわのドレス姿は「妖精」を連想させたし、それ以上に真っ赤に充血した目が兎を彷彿とさせた。
「緊張してんの?」
 女の子はコクリと頷く。
「じゃ、いいおまじないを教えてやるよ」
「おまじない……?」
「そう、おまじない。鍵盤の前はどこも変わらない。必ず黒い鍵盤と白い鍵盤があるだろ? 怖くない。ピアノの前に座ったら、『ピアノさん、こんにちは』って挨拶をするんだ。そしたら、どんなピアノも仲良くしてくれる」
「ピアノさんに、こんにちは……?」
「うん。絶対に大丈夫だから」
「四十二番、御園生翠葉さん?」
 今度の呼び出しには気づいたようで、女の子は楚々として立ち上がり、ステージへと歩いていった。
 おまじないが利くといいんだけど……。
 見ない顔だし、コンクール自体が初めてなのかもしれない。
 小さいころからコンクールというコンクールに出尽くしてきた自分には少しの余裕があって、そのわずかな余裕を人の心配に割いていた。
 しかし、演奏が聴こえてきて耳を疑う。
 ……おいおいおい、今の今までがっちがちに緊張してた子の演奏が、これ……?
 まるで危うげなく、芯のある音を奏でていく。恐ろしいほど感情豊かに、色彩豊かに。
 何よりも、よく知った人間の音にそっくりだった。
 響子の音に似てる……。音が極彩色。
「くっ、俺、敵に塩送ったかも」
 やっべ。これ、俺やばいんじゃねーの?
 余裕があったはずの自分が一気に崖っぷちに立たされた。
 でも、「怖い」という感情よりは「好奇心」のほうが勝っていて、コンクールが終わったらまた話しかけようとかそんなことを考えていたんだ。
 けど、コンクールが終わったときにその子はいなくて、最優秀賞を獲得したのは彼女だったのに、体調不良を理由に辞退したと告げられた。
 忘れもしない、コンクールで初めて二位入賞という事態に陥った小学六年生の冬――