我慢できずにキスをすると、
「もぅ……お願いは? 聞いてもらえるの?」
「あぁ……。もう受験は終わっているし、来年の六月まで時間があれば描けると思う」
「絶対よ? 約束ね?」
 小指を差し出され、俺は自分の小指を絡ませることで了承した。

 居住区画へ案内すると、
「藤倉のマンションとは全然つくりが違うのね?」
「いや、九階までは6LDKのつくり。このフロアだけがイレギュラー」
 玄関で翠を抱き上げリビングへ連れて行くと、一瞬にして翠の意識がインテリアに持っていかれる。
 ステップフロアになっている室内で一番高いフロアに下ろすと、翠はキッチンからダイニング、リビング、簡易書斎へと視線をめぐらせた。
「藤山のおうちとはずいぶん印象が違うのね?」
「あぁ、ここは母さんの手が入ってないから」
「え?」
「ここ、姉さんが大学に入るときに建てられて、居住空間に関しては姉さんに一任されてたんだ」
「ここ、普段は使われてないの?」
「そうだな……。ここには姉さんと栞さん、兄さんが住んだことがあるくらいで、あとは人が住んでいたことはない。ほとんど物置扱い。ほか、父さんが仕事で人を家に呼ばなくちゃいけないときに使ったり、大学に用があるときに寄ってる程度」
「藤山にはお客様を呼ばないの?」
「セキュリティの関係で難しいのと、煩わしい仕事は家に持ち込まないのが父さんのポリシー」
「なんだか涼先生らしいね」
 そんな話をしているとインターホンが鳴った。
 これはコンシェルジュがロビーに到着した際に鳴るインターホンだ。
「インターホンは普通に鳴るのね?」
「っていうか、普通の家なんだけど……」
「え、これは普通とは言わないと思う。だって、玄関まで何メートルあるの?」
 玄関まで何メートル……。
「そこの玄関なら五、六メートル。ロビーの玄関は――」
 一〇〇メートルないくらいか……?
「それでも、じーさんちのほうが玄関まで遠い」
「あそこと比べたらだめだと思う。だって、比較するものがすでに規格外……」
 そんな会話をしていると二度目のインターホンが鳴った。
 すると、翠が不思議そうに首を傾げる。
「さっきのはロビーの玄関で鳴らしたインターホン。今のは居住区画入口にあるインターホン。コンシェルジュはそこまで入ってこられる仕様。出てくるから適当に座ってて」
 俺はカウンターの椅子を引き、翠が座るのを見届けてから玄関へ向かった。