「だめじゃない。家には連絡を入れればいい」
「本当っ?」
 ただひとつ、外食するにあたって問題がある。
「食べたいものとか行きたいところ、ある?」
「え? あ――」
 そんな、「しまった」って顔はしなくていい。
 想像はついていたし、自分においても翠と似たり寄ったりの状況なのだから。
「つ、ツカサは? どこか行きたいところない?」
「このあたりの店は倉敷コーヒーしか知らない」
 それはついさっきまで俺がいた場所。
 今日の店内は妙に女性客が多く、まとわりつく視線に耐えかねて、一番奥の席へ移動させてもらった。
 そんな経緯があるだけに、今はあそこに戻りたくない。かといって――
「近くにファミレスがあったけど、入りたいとは思わない」
 さっき国道沿いのファミレス脇を通ったとき、テーブルごとの仕切りの低さが気になった。
 あんな、あってないような仕切りでは落ち着ける気はまったくしない。
「ごめん、私もお店詳しくなくて……――蒼兄っ! 蒼兄に訊いたらどこか教えてもらえるかもっ!?」
「却下」
 御園生さんならこの近辺の店、もしくは藤倉あたりの店を教えてくれるかもしれない。でも、行ったことのない場所、または付近の様子がわからない場所には行かない――それが父さんと高遠さんとの約束。
 だとしたら、行ける場所は限られている。
 ウィステリアホテル、もしくはウィステリアデパートのレストラン街、そしてマンション。
 その中で人目を気にせずゆっくりできる場所を選択するなら――
「マンションでもいい?」
「え?」
「支倉のマンション。藤倉のマンションと同じでコンシェルジュにオーダーできるから」
 翠はパッと目を輝かせすぐに同意の旨を口にした。
 今度からはデート先に合わせてその近辺の飲食店の検索もするようにしよう……。

 マンションのロータリーに車を停め食事のオーダーをしてから十階へ上がる。と、翠が素っ頓狂な声を挙げた。
「ここ、何……?」
 翠が目にしているのは三十畳ほどのフロア。どこからどう見てもロビーに準ずるものだと思うけど、翠にはいったい何に見えているのだろう。
「ロビーみたいなもの。家に上げたくない人間はここで対応する」
「えっ?」
 今、訊き返されるようなことを言っただろうか。
 疑問に思いながら車椅子を押し玄関まで行くと、三つのセキュリティをパスしてロックを解除した。
「どうぞ」
 言いながらドアを開く。と、
「あの、もしかして……十階は丸々ツカサのおうちなの?」
「そうだけど?」
 あぁ、藤倉とはつくりが違うとかそういうこと……?
「ツカサ、靴は……? 靴は脱がなくてもいいの?」
「ここは土足で。居住区画入口にふたつめの玄関があるからそこで脱いでもらう」
「わかった……」
 そうは言うけれど、翠は呆けた表情のまま。
「広いけど、全部の部屋を使っているわけじゃない。一番手前にパーティーホールと調理室。その隣の区画には応接室と会議室があって、次の区画にはゲストルームがある。その次が居住区画。そこから先は、父さんの書斎だったり書庫だったり。あとは母さんと姉さんの衣裳や兄さんの趣味道具を置いたトランクルームみたいなもの。見て楽しめるものでもないけど、よかったら全部屋見せて回ろうか?」
 翠ははじかれたように返事をした。